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スーザンジョージの「オルターグロバリゼーション」について 徳永基二 08/8/22(金) 0:51

その本は読んでないのですが ねこかぶり 08/8/22(金) 19:05
いちいち拍子抜けする答え方しますね(笑) 徳永基二 08/8/22(金) 21:49
大塚英志+東浩紀「リアルの行方」 徳永基二 08/8/23(土) 0:25
自己レス 徳永基二 08/8/23(土) 10:27
おおあさっぱな微分方程式の結果 ねこかぶり 08/9/7(日) 4:27
まぁ、ベクトルも似たようなものですから ねこかぶり 08/8/30(土) 21:49
Re:まぁ、ベクトルも似たようなものですから 徳永基二 08/8/31(日) 9:08
銀行の利子による相殺とは... 徳永基二 08/8/31(日) 10:02

その本は読んでないのですが
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 ねこかぶり  - 08/8/22(金) 19:05 -
  
▼徳永基二さん:
>1960年代から1980年代まで所謂サッチャーレーガン政権の経済政策が現れるまでの
>ヨーロッパはばら色だったのか?

ばら色とは言わないが、マシな社会だったのでは?

>ケィンズ政策はそんなにもすばらしい政策なのか?

ベストな選択とは思いませんが、私の思いつく限りベターな選択と

>貧富の差が激しく暴君が支配する第三世界においてNPOやNGOは現地の民主主義を育てるために
>何が出来るのか、また何をすべきか。現地民の自主性にどこまで任すべきか

無力ともいえます。

>現地に民主主義を育てるための武器として債務は使うべきなのか?

場合によるでしょう。
返済不能の場合は返済可能な額に減額することにより民主化は促進できるのでは?
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)@58x4x92x253.ap58.ftth.ucom.ne.jp>

いちいち拍子抜けする答え方しますね(笑)
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 徳永基二 E-MAIL  - 08/8/22(金) 21:49 -
  
「ヨーロッパは」、と書いたのは彼女の考え方をあまりに限定化しすぎていました。

実際言ってることは

「構造調整の行われた全時期を通じて、その出発点から、成長率はとてつもない下落を見たのです。私が把握している数字によると、ラテンアメリカの場合、1960年から80年まで、プラス75パーセントの成長、1980年から98年まで、プラス6パーセントの成長です。サハラ以南のアフリカの場合、最初の時期は86パーセントの成長、第二期はマイナス6パーセントの成長。アジアの場合は、前期・後期とも同じです。」「徹底討論 グローバリゼーション 賛成/反対」

「過去20年にわたって、地球や地球に住む私たちの状況は悲劇的なまでに悪化している。本書は次の第二章で環境問題を扱うことにしよう。この二〇年間は大雑把に言えば、グローバリゼーションの加速と拡大の年月だったと言うことが出来る。ワシントンにある「経済および政策研究センター」の調査が立証したところによると、世界中どこでもそうだが、経済成長と発展は1960年から80年までのほうが、1980年から2000年までの二〇年間よりもはるかに進んだのである。この調査は二つの時期を比べ、80年から2000年までの20年間に、世界中のすべての地域で平均成長率が悲劇的に低くなったことを明らかにした。例外はアジアである。アジアの経済成長は両時期ともほぼ同水準だった。」


自分がこの発言に対して言いたいことは、データーそのものを疑うわけではないが、しかし、グローバリゼーションを批判するためにそれ以前を悪戯に美化していないか。例えば彼女が例としてあげている環境破壊は彼女が美化している1960年代から80年代に正しく発生していたのでないのか。


この言い方だと経済成長万歳と言ってるように聞こえる。オルターナティブな経済政策を考案しなければならない時に、それ以前を美化しすぎるのはどうなのか。


「お金の管理の仕方・使い方」
「金融取引や企業の合併・買収、工業による環境汚染への国際的な課税が実施されたとしよう。第三世界の負債を免除することが承認され、新たな基金が成立されたとしよう。それで終わりなのか。勿論そうではない。話はまだ半分にも達していない。新しい基金は国際的に管理されるべきである。おそらく最良の方法は国連の専門機関から選ばれた委員とメンバーの固定しない監査の団体からなる、小型国連とでもいったものを創設することである。監査の役割は重要であり、恒常的に欠かせない。特別な指名を帯びたそのメンバーに関係国の関係者を含めてはならない。そして代表人事をローテーションを行ってゆくとしたら、世界社会フォーラムの参加者によって選ばれたグリーバルジャスティスの運動の関係者が選ばれることもなるだろう。」

「ではその仕事とは何か?四十年以上にわたる『開発援助』で学べたことは基金を政府に渡しても碌なことがないということだ。私は国民主権には賛成だが愚かさ・腐敗・無駄には反対である。手始めに豊かな国々の国民は新たに出すお金に関していくらかの権利を持っているのであり、そう主張することは新たな新植民地主義ではない。

ある国が最新の開発基金を受け取る場合、新たにお金の使い方に関する決定に拘束力のある委員会をつくるべきだろう。そして市民がこの委員会への代表を選ぶのである。(必要があれば公正さを保つため新しい国連機関が選挙を監視する)社会のさまざまな側面を充分に反映させるためにも代表は地理的な側面と分野的な側面という両方から選ばれるべきである。しかしいくつかの国ではこうした方法が現政権の利権の柱として機能してしまうかもしれない。その土地の支配者が従順な労働組合を持ち、その妻が従順な女性組織を仕切っていたりするからである。この点で私は言い訳などせずに真植民地主義者になろうと思う」「オルターグローバリゼーション宣言」

どうも上からの目線ばかり感ずるのだが、まず、開発資金を”援助する”という発想
(自分の場合、現地において独自通貨を創る)開発資金を自分たちのものが単一のものと考え、”公正さ”を指導し監督してやろうという考え方。民主主義を言いながら現地の声を聞こうとするより支出する側の声にばかり目を向けたものの言い方。

だが、わざわざ、スーザンジョージを取り上げているのは彼女の意見には賛同できる要素も多いからだ。例えば次のような複数の案を彼女は提案もしている。

ブラジルの都市ポルトアレグレで行われている参加型予算

クリストヴァン・バーグの提案する最高三人まで子供に一人頭、奨学金五ドルを払い
学校に行かせる(85パーセント以上授業に出席しなければならない)という案

ヘルナンデソトの主張する貧民の掘っ立て小屋にも正当な財産権を認めようという提案(日本だとダンボールで出来たバリケードにも財産権を認めると言う感じか)

小規模資本主義、所謂グラミン銀行案(地域通貨の考え方はこの案と下の銀行の協同組合管理の考えが合わさった時、出てくる)

企業を昔のように許認可性にして公共に反する企業から許認可を取り上げようという案(日本にはこの許認可権があるが、役所は強い資本と癒着しているので大企業ほど緩やかな規制となる。)


全ての銀行を協同組合の管理化におこうという案(これは元々、プルードンの人民銀行案そのものだ。)

全ての人の給料をある一定の期間の後は有効でない時限的な貨幣にしようと言う案
(これこそ自分が始終言ってる減価償却マネーの案だ。)
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 2.0.50727; .NET CL...@i219-167-42-192.s02.a027.ap.plala.or.jp>

大塚英志+東浩紀「リアルの行方」
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 徳永基二 E-MAIL  - 08/8/23(土) 0:25 -
  
ぜんぜん、ここまでの話と関係ないじゃないかと思われるかもしれませんけど
私にとってはスーザンジョージの話をするのもおたく論の話をするのもベクトル
的には同じです。

岡田斗司夫によっておたくは死んだことにされたのかと思えば、この二人の中では
まだ、おたくというのはリアルなんですね。

しかし、大塚英志はなぜいつも東とばかり話をしてるのでしょう。
大塚氏の志向性から考えれば東なんかより本田透と話をしたほうがよっぽど
生産的な話が出来うるのに。


昔、本上まもるという論者が「<ポストモダン>とはなんであったか」の中で
柄谷行人と東浩紀のことを次のように評していますが

「柄谷には美学がない。彼はその初期から情熱的恋愛に極めて警戒的あるいは批判的なのだ。美と恋愛それはいうもでもなく言いがたい魅力を放つ欲望の対象であり、ラカン派の言葉で言うなら「対象a」や「転移」の問題である。柄谷は初期から過剰にこの「対象a」について語ることを避けている。彼の思考は抽象化と引き換えに暴力と転移の問題が排除されてしまった。」


「東自身が著書で明らかなようにデリダ的幽霊は過去の記憶、それもほとんど表彰不可能なまでに甚大で過酷な暴力の記憶が担わされている。それは一端抑圧され隠蔽されるが、完全に隠蔽不可能で抑圧されたものは必ず回帰してくるのだ。

東の一連のポップカルチャー論ではそうした暴力と来歴問題がすっかり消えうせている。デリダ論の東とポップカルチャー論の東がどうもつながってこない。」

なんというか東と柄谷は似たもの師弟で。

「大塚 赤木君の体現しているルサンチマンはもっとも統治しやすい大衆の典型だよね。だから左右問わずそれこそ「階級」を維持したい人には使いやすい。じゃあそれを「悪いこと」と考えるのならその赤木君的なものをガス抜きしてゆく具体的処方箋はどうなの?

東 それは僕でなく統治者が考えるべき問題ですがざっといえば経済的問題と心理的な問題に分かれるでしょう。赤木さんは本の中で「とにかく食えないんだ」と言ってるそういう問題は解決できる。むしろ厄介なのは心理的問題です。どうも今は心の問題と経済の問題をごっちゃにした論が多い。僕は心理問題は心理的に解決すべきだと
思うのです。「規範的な家族意識や人生設計」といった高度経済成長期に日本が作り上げたシステムがまだ亡霊のように生きていてそれが若者たちに強迫観念的に縛り上げているという構造


大塚 でもそれだとさっきのリサンチマンと同様、経営する側の論理とすごく整合性が出てしまう。

東 格差肯定に聞こえるかもしれません。でもみな正社員に戻るべきだという幻想も違うと思います。富の格差が問題であれば正社員どうのこうのという前に、グローバルな極端な格差が大量にあるわけです。ところが今の日本の格差論は正社員と派遣の間にどれだけ格差があるのかと、どうしてこうも視野が狭いのか。

大塚 ここまでの東くんの話で違和感があったのは戦後民主主義に全てを帰結さすとこだけど。

東 僕は戦後は否定すべきだと言ってるのでなくそれでいいと言ってるのですが。

大塚 否定か肯定かの問題でなく、こういう状況をもたらしたのが戦後と言う枠組みなのかそれ以前なのか整理をきちんとしないと東君の立場は保守論壇にすごく利用されやすい。

東 どうなんでしょう誤読はつきものですから。

大塚 誤読されることは必ずしも誤読する側の問題でないような気がするけど、先ほどのネットは情報発信の民主化ということへの評価の是非は置いといたとしても、パブリックなものが不可能になってしまったのが戦後の社会の性なのかあるいはもっと根本的な原因があるのかと言うところで議論が違ってくると思うんだけど

東 それについてはいろいろな説明が可能でしょう。まずは今では、人々がニュースを見ても、すぐにコミュニケーションのネタにしてルサンチマンを晴らしてそれで終わりみたいな状況がある。しかもそのルサンチマンのネットワークがいとも簡単にマスコミにコントロールされている。滑稽な状態です。そんな現実はむかしからあったとも言えるし、戦後日本がアメリカによって骨抜きにされたからと言ってもいいかもしれないし、情報技術のせいだとも、ポストモダン化だと言ってもいいかもしれない。すべてそれぞれ真実で説明の方法によって違った側面に焦点が当たる。

大塚 そういう風にいろんな説明が可能だと相対化する作法を示すことで立論しないでスルーするのをやめようよ。

(中略)
東 ただ社会はみんなで運営しなくてもいいわけですよ。みんなが稼がなくてもいい。重要なのは富の再配分です。別の言い方をすれ僕はあるレベルでは絶望しているわけで、みんなで日本と言う国を良くしようというというのはもう無理なので、どうやって富を再配分するのかどうやって、心理的ガス抜きをするのかそういうことを考えたいと思っている。

大塚 でも富を再配分するには結局は国家なり社会なり会社なりといったシステムを使ってゆくしないわけだし、

東 もっと洗練されたシステムは作れると思います。それは国家でもNGOでもいいけど。ある種の公共体を運営するシステムをどうやって作るのかと言う問題ですかいろいろなやり方があるはずです。

大塚 そうした時、東浩紀のポジションはどこのあるの?国家なんて特定の人間が洗練されたシステムの中で運営していればいい、残りの人間は考える必要はないと言った時、東は考える側にいるの、それとも運営する側、それとも傍観者?

東 傍観者です。官僚とも政治家とも違うし

大塚 う...ん、それで批評家としての仕事は成立するの?

東 成立しないかもしれない

大塚 じゃあ、なぜ批評家をやっているの?
君はよくメタって言葉を使うじゃない。世代論にして良いのかわからないけど、メタ的場所っていうのは君たちの世代の批評家があるいはものを書く人が好んで使うポジショニングだよね。つまり当事者ならず、自由な場所を設けておく。だから最初に言った空気を読んで先へ先へ回ってゆくと言うのも常に情報を相対化させるようなどこか未知の楽なポジションを探してゆくそういうゲームをしているような気がして

東 僕はそう思いません。僕が言っているのはむしろ了解可能性の拡大を大切にしたいと言うことです。例えば日本の左翼が2000年頃からなぜ急速に影響力を失ったかというとリベラルな人たちはリベラルでないことを大衆レベルで分かってしまったからです。リベラルはみんながリベラルになることを望んでいる。例えば在日に優しくしようとリベラルはいう。でも世の中には在日を差別する人もいっぱいいる。ではどうするのか。
 ネット右翼の問題も同じです。彼らが言っているのは左翼は出版メディアを握ってみなが自分のようにリベラルになるべきだと言っている、しかしそれこそが抑圧だということです。そういう意見に対する処方箋はひとつしかない。リベラルでない立場も認めるような「拡張されたリベラル」しか実践的に取りようがない。

大塚 そうなのかな。僕は論理のすり替えがあるような気がする。リベラルと言う言葉は好きじゃないけどでも、僕もリベラル何だと思います。でも今日も君と話しているし、政治的に対立する人間とも話してきたし、特に憲法に関しては前原誠司とも小林よしのりとも話したし。君の言ってるリベラルの拡張っていうのは今僕の言ってることと同じような気がするのだけど

東 それは実践的な現れ方はどう違うのでしょうか?

大塚 異質なものとぶつかり合って第三項が出てくるのじゃなくて同じ集団内で先読みゲームをしているだけのような。

東 世界にはいろんな立場の人がいます。たとえば南京虐殺があったという人もなかったと言う人もいる。僕には両方の友達がいるけど、この二人を合わせてもかみ合わないのが目に見えている。なぜなら二人とも伝聞情報に基づいて意見を組み立ているから。当たり前ですけど政治判断は一般的に伝聞情報に基づいて下される。ある事件について本当に何があったか確かめれる人間は常に少数です。それなのに膨大な情報だけネットで簡単に手に入る。左右はその中で自分に都合のいい情報だけ集める。
僕たちがいるのはそういう環境です。ではなぜそうなったのか。それは僕たちのいる世界はあまりに複雑でその中で「政治」はあまりに大雑把に一貫した世界観を当てはめようとするからです。だからさっき言ったみたいに赤木さんの「政治」は単なる実感主義でじつに狭いけど逆に今はそれぐらいだけが誠実な政治といえる。因みに僕は南京虐殺はあったと「思い」ますがそれとて伝聞情報にすぎない。

大塚 南京虐殺があると思うのだったら、知識人である東はなぜそこでスルーするわけ?知識人であるあなたはそのことに対してきちんとしたテキスト解釈や事実配列をしえる地位や教養やバッグボーンを持ってるのじゃないの?

東 そんな能力はありません。自分で調査したわけでないんだし。

大塚 それを言い出したら何もいえなくなる、柳田國男について発言できるのは柳田本人のみになってしまう。歴史学自体が成立しなくなってしまう。資料は全て伝聞だからね。一次資料だって誰かのバイアスが掛かっているだろうし。
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 2.0.50727; .NET CL...@i219-167-42-192.s02.a027.ap.plala.or.jp>

自己レス
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 徳永基二 E-MAIL  - 08/8/23(土) 10:27 -
  
自分の意見は既に何度も書いているのであれなんですけど。

猫かぶりさん辺りがなんか書いてくるだろうと
期待してましたが今のところレスがないので自己レスです。

大塚辺りに「君たちの世代」扱いされることが不愉快だからというのも
ありますが。


メタシステムにおいては不寛容な人たちも許容するのかという
設問は民主主義理論の中でも古くて新しい問題ですけど、

一般的な答え方は、個人的に思っているだけなら許容しても
よいと、それが公の空間に出てきた場合には責任ある態度
(公的な空間に相応しい寛容ある態度)を取るべしとなります。


これがもし、「リベラルな人間はリベラルでない」ことなら
それを受け入れましょう。それに本来、リベラルな人間はリベラル
でないとは映画「招かざる客」みたいな態度に対して言われる言葉です。


それに私は高橋哲哉的対応を基本的に支持しているので
で、その対応に対する根拠付けとして、自分はデリダ的脱構築とは
解釈の自由でなく「○○からの自由」だと述べました。
(本上まもる的言い方をすれば、亡霊的次元を含んだ論理だ。)


ただ、東の言ってることは東個人の問題と済ますことは勿論できません。
確かに東の論理は今時の相対主義者の典型的な事例を示してくれているので。

人は確かに何ものにも関わらない自由があります。
(個人的アナキズムと社会的アナキズムの間の長きに渡る論争史があります。)

ですが、人はなにものにも関わらないでいようとしたって国や資本は攻め上ってくる
のでそれに対して防衛しないとなにものにも関わらない自由は満喫できません。
(いわゆるリスク社会論の問題です)

それに対する反応は「選挙に行こう」だけではありません。
選挙とは近代民主主義にとって支配者がみんなに選ばれたことを擬装するための
体の良いメカニズムになっていまして、

そこでは複雑な問題が技と単純な選択肢に還元され、選びたくもない選択肢の二者択一を求められるように出来ているわけです。
それに対してそれ以外の選択肢があると提示するための運動のあり方はまた別にあるわけです。

勿論、デモのマスの論理に辟易すると言う人もいるでしょう。ですが政治的行動は
一人からでも始められ得るということを忘れてはいけません。
(小田実のべ平連はそのことを充分に示したのではなかったか)
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 2.0.50727; .NET CL...@i219-167-42-192.s02.a027.ap.plala.or.jp>

まぁ、ベクトルも似たようなものですから
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 ねこかぶり  - 08/8/30(土) 21:49 -
  
▼徳永基二さん:
>クリストヴァン・バーグの提案する最高三人まで子供に一人頭、奨学金五ドルを払い
>学校に行かせる(85パーセント以上授業に出席しなければならない)という案

私はすべての公教育の無料化を主張しております。
能力がある人間が社会的に認められ相応の所得を得ることが出来る用にです。

>ヘルナンデソトの主張する貧民の掘っ立て小屋にも正当な財産権を認めようという提案
>(日本だとダンボールで出来たバリケードにも財産権を認めると言う感じか)

暫定的には認めるべきでしょうけど、長期的には「普通の家」に住めるように
すべきですね。公共住宅はそうあるべきです。

>全ての人の給料をある一定の期間の後は有効でない時限的な貨幣にしようと言う案
>(これこそ自分が始終言ってる減価償却マネーの案だ。)

そうすると節約してためた人が馬鹿を見て、無駄遣いするほうがよくなる。
倫理的に正しいのだろうか?
あと資本主義社会を支える資本の出所がなくなります。
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)@58x4x92x253.ap58.ftth.ucom.ne.jp>

Re:まぁ、ベクトルも似たようなものですから
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 徳永基二 E-MAIL  - 08/8/31(日) 9:08 -
  
>私はすべての公教育の無料化を主張しております。
>能力がある人間が社会的に認められ相応の所得を得ることが出来る用にです。

ねこかぶりさんの案のほうが革新的ですね。ですが、教師に給与を払わねばならならず、なにが”公教育”かでもめそうです。(現に日本ではそうなっている。)

もっともこれに対する答えは下に既に書きましたが...(各地方政府、各学区ごとに
公教育の定義を任してしまえ、後は通う人に自由を選択させよと言う案)

>
>暫定的には認めるべきでしょうけど、長期的には「普通の家」に住めるように
>すべきですね。公共住宅はそうあるべきです。

これも一見そのとおりと言いたいのですけど、阪神大震災の時、仮設住宅から新たに出来た公共マンションに住民を遷す過程で、住民のコミュニティを破壊し、個室に閉じ込めて個々の問題を見えなくするのかという批判が発生しました。ホームレスのために建てられた仮設住宅の話もあります。一見理想的に見える案でも本人の自発性に適った案でないとうまくいきません。

>>全ての人の給料をある一定の期間の後は有効でない時限的な貨幣にしようと言う案
>>(これこそ自分が始終言ってる減価償却マネーの案だ。)
>
>そうすると節約してためた人が馬鹿を見て、無駄遣いするほうがよくなる。
>倫理的に正しいのだろうか?

ケィンズ主義のあなたがいうことでしょうか?

>あと資本主義社会を支える資本の出所がなくなります。


それを目指しているというところもありますが....
「銀行に蓄えることはできる(銀行の利子で相殺できる)」とは前にも言いました。
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 2.0.50727; .NET CL...@i219-167-42-192.s02.a027.ap.plala.or.jp>

銀行の利子による相殺とは...
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 徳永基二 E-MAIL  - 08/8/31(日) 10:02 -
  
銀行の利子による相殺とは銀行側に貨幣消滅の負担が移ったと捉えることが出来ます。銀行はその負担を背負いきれませんから、当然どんどん貸すことで負担を相殺
しようとするでしょう。一方、借りた方が今度は貨幣消滅の負担を背負うことになる。どんどん稼がないとその負担は背負いきれませんよね?

現在の経済では貨幣の最終的な出所は銀行による信用創造ですけど、この経済では
最終的な出所は一般消費者(一般労働者)となります。(基礎所得政策を行っていますので)

企業は販路をここに築こうとするでしょう。もしかしたら、貨幣消滅のスピードを上回る利潤を上げられる企業も誕生するかもしれません。(発行量と減価率は貨幣発行局という役所が決めているので、そのスピードを市場が上回ることは充分にありえる。)

それにこれまであまり言っていなかったことですけど、この経済では賃金が今より下がる可能性があります。それでも勤労者は基礎所得があるので当面の生活には困らないはずです。この経済下では労働者の仕事はボランティアワークに限りなく近づくかもしれません。フリーターと一般雇用の間の差は限りなくゼロに近づきます。もっともこの世界でも賃金雇用(サラリーマン)は残るでしょう。どういう分野かはわからないですけど。

現在雇用の現場はますます悪化する傾向にあります。その背景には自らの労働以外売るもののない無数の大衆を背景にしています。この経済では大衆は既に雇用されなくても富の流通手段を持っていますので大衆の一般的な経済様態が被雇用者でなくなる可能性もあります。

この経済が本当に環境に優しいかはわかりません。ですがドイツ緑の党にこのゲセル経済の支持者が大勢いたのは事実です。

少なくとも利潤圧力による競争は発生しないだろうと見做されています。環境への
影響は結局投資形態のあり方によりますが...

自分はATTACなどと同じように投資資金は貯蓄者の金が原資になっているのだから、貯蓄者がその投資先を監視出来うるようにすべきだと主張しています。
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 2.0.50727; .NET CL...@i219-167-42-192.s02.a027.ap.plala.or.jp>

おおあさっぱな微分方程式の結果
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 ねこかぶり  - 08/9/7(日) 4:27 -
  
わやしはケイジニアンを自称してますが、あのおおおさっぱさをみるにつけ‥

▼徳永基二さん:
>岡田斗司夫によっておたくは死んだことにされたのかと思えば、この二人の中では
>まだ、おたくというのはリアルなんですね。

まぁ、愛國戦隊大日本を見ることをお勧めします。
彼は間違いなく旧世代のオタクです。
また、旧世代からうまれた、コピー世代のオタクも健在です。
マクロスFでも見てくだされ

>「柄谷には美学がない。彼はその初期から情熱的恋愛に極めて警戒的あるいは批判的なのだ。
>美と恋愛それはいうもでもなく言いがたい魅力を放つ欲望の対象であり、ラカン派の言葉で言うなら
>「対象a」や「転移」の問題である。柄谷は初期から過剰にこの「対象a」について語ることを
>避けている。彼の思考は抽象化と引き換えに暴力と転移の問題が排除されてしまった。」

私にとって美学は数学です。
他に矛盾もなく世界を作る手段があるでしょうか?
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)@58x4x92x253.ap58.ftth.ucom.ne.jp>

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