「自由・論争」 掲示板

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私的所有について 徳永基二 08/7/2(水) 3:16

孤立しない世の中について ねこかぶり 08/7/4(金) 1:50

孤立しない世の中について
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 ねこかぶり  - 08/7/4(金) 1:50 -
  
前回は酔っ払っての回答なので‥
#酔っ払ってまで書くなよ‥

▼徳永基二さん:
>>人びとが孤立しているので、共同体を再興しなければならない。もちろん、
>>閉鎖的なものではない。そして、行政もそれを支援するべきだ。
>この考え方はトニーブレア政権の中で英国労働党が唱えていた社会的包摂の
>考え方かと思います。

ですね。

>「アス・アンド・ゼム」の考え方が出てきますがこの「アス・アンド・ゼム」
>の思考背景にどんな文化的背景があるのかという研究がカルチュラルスタデーズ
>を産んだのです。(EPトムスン「英国労働者階級の形成」とか)

その通りです。
一億総中流のなかではでなかった思想です。

>カルチュラルスタデーズの論客たちはサッチャー政権時代に大学を追われ
>それ以後、アメリカやカナダ、オーストラリア、フランス、インドなど
>に思想が伝播して言ったのです。

なるほど‥
サッチャリスムがそれを生んだのかと‥

>対話的公共圏がTV時代の到来と共にかつての階層性を失って大衆文化に
>飲み込まれてゆくとハバーマスが「公共性の構造転換」に書いたのは
>1950年代ですが、皮肉なことにこの本が新たな意味で注目されるように
>なったのはベルリンの壁が壊れた1990年代になってからです。

無知ですみません。
私自身そこまで本を読んでませんので‥言い訳ですが

>ハバーマス本人自身も含めてそれまで対話的公共圏といえば近代国家へと
>包摂されてゆく圧力団体ー選挙ー議会のことを指すと思われていた節が
>あるのですが89年代に突然、そういうものには包摂不可能な巨大な
>市民が歴史の中に立ち現れたのです。

89年は大きな年でしたね。
未だにそれに対応できない市民が多く居ます。

>また、
>デリダという思想家は68年が生んだ優れて現代的な思想家ですが、ただ、
>90年代に入るまでは政治的な運動にも関ずりあっているのに彼の問題提
>起は学問の内部だけでの問題と思われてきました。ところが90年代にな
>ると全然別な視点から脚光を浴びるようになります。
>
>脱構築「文化の独自性はけして自民族同一性とイコールではない。ヨーロッ
>パにはかつてヨーロッパ的であるとすら思われていなかった反ヨーロッパ
>的な起源をも含む」を彼の出自(彼はアルジェリア出身のユダヤ人。フラ
>ンス人として教育を受けたが戦前、国籍を一年間に渡って突然、奪われた
>ことがある。日本の在日朝鮮人に近い視点を持つ)から理解する。また、
>インターネットの普及の視点から彼の「多様な読み手に向かって開かれた
>思想」という視点が読み解かれる。
>
>
>例えば、デリダ的な視点で対話的公共圏を読み解いたとするとどうで
>しょうか。すると近代国家が前提としている国家、国民、自治体といった
>狭い枠組みの範囲を越えるものとして世界市民的な地平が浮かび上がっ
>てきます。ヨーロッパの手で生まれた自由、平等、博愛といった理念が
>民族の枠組みを越え、ヨーロッパ人でないからこそ別な解釈の可能性
>が生まれ、時にヨーロッパに再帰的に対置される。そしてそれを通じて
>議論に弁証法的な深みが加わり民主主義はより発展した次の段階へと
>進展してゆく。そういう地平が見えてくるわけです。

不勉強で済みませんが、言いたいことは私と同じです。
「次の段階」というのが私には解りかねますが、おそらく民主主義では
ないかと‥そのためには義務教育の充実と言うのが必要です。
引用なし
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