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軽井沢村もぐら通信8/7:長野県という県はせいぜいこんなもの
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 戸田 E-MAILWEB  - 06/9/21(木) 23:37 -
  
 逝く夏を惜しんで・・・・、久々の長野県知事選関係情報です。

{自民党政権が蔓延させた「弱肉強食」「優勝劣敗」「勝ち犬―負け犬」といった下劣、愚
劣な考え方を、田中さんがこの県で��体を張って〞阻んでいたのに・・・}
 軽井沢村もぐら通信06年8/7 60号
http://www5.wind.ne.jp/hyouhyoutei/PDF/060807.pdf

 きのう八月六日は、長野県知事選の投、開票日。 
 その日の夕食の時、ぼくはぽつんと「今度の選挙では、田中康夫さんは勝てないかもしれ
ないね」と言った。
 それは今度の選挙運動期間中、ずーっと感じていたことで、それを口に出して言ってしま
うと��良くないことは言い当てる〞と言う諺どおりになってしまうことを恐れて、それまで
口をつぐんでいた言葉だった。
 ぼくが言った言葉に対して、「田中支持色」がぼくよりも強いニョーボが、どう反応するか
様子を見ていると、ちょっと間を置いて「そうねえ、何か今度の選挙は気が抜けたような、
変な感じがするわねえ」と、これもまたぽつんと答えた。
 夕食が終わって自室でテレビを見ていると、九時少し前に、最初のニュース速報が出て「開
票率〇・四%村井仁 二六〇〇 田中康夫 二四〇〇」。
 続いて九時に「開票率〇・五% 村井 二八八〇 田中 二三一〇」となり、両候補の差
がジワジワ開いてゆく気配が感じられた。このままテレビに付き合っていてもしょうがない
と思ったので、��果報は寝て待て〞と言うから、十時前には床に入って寝てしまった。
 長野市や松本市など大票田が開けば逆転ということもあるかな、と微かな期待を抱いて。

 夜が明けて、新聞が届いた。吉報は届かなかった。
 村井仁さんが五三・四二%(六一二、七二五票)で当選。田中さんは四六・五八%(五三
四、二二九票)だった。
 落胆しないこともない、という程度の落胆を感じた。
 新聞を眺めて一つ嬉しかったことは、田中さんの立ち上がった地である、わが軽井沢町の
投票結果だった。ここで田中さんは五、六〇八票で、村井さんの三、三五二票を大きく引き
離した。軽井沢町の人たちはこういう投票をしたのだ、と思うと多少心が慰められた。

 長野県知事に田中さんが在任していた期間は、この長野県というところが、ぼくにとって
はとても心の落ち着く、気分のいい県のように感じられた。それは、現在この国を支配して
いる自民党政権が蔓延させた「弱肉強食」「優勝劣敗」「勝ち犬―負け犬」といった下劣、愚
劣な考え方を、田中さんがこの県で��体を張って〞阻んでいたからだ。
 自民党政権の作り出したこの「俗悪・非情国家」で大きな顔をしているのは、詐欺師や、
牽強付会の政治家や官僚、知能犯や凶悪犯ばかりではありませんか。
 もし、この国の指導者の頭がこんなにも悪くなければ、心がこんなにもねじくれていなけ
れば、この国は今のような恥知らずな��狂気列島〞にはなっていなかったはずだ、とぼくは
思います。
 
 その点、田中さんの県政はその軸足を常に弱者層に置いていました。女、子ども、年寄り、
貧者・・そういった弱者を救うことを、彼はいつも考えていました。それが分かるので、こ
の長野県は安心できる住み良い県と感じられました。
 わが家は田中さんから保護を受けなければならないほど貧しくはありませんが、生活に余
裕があるとはいえない状態。それでも何かあった時は救いの手を差し伸べてくれるという安
心感があって、毎日の苦労の多い仕事に精を出すことが出来ました。  
 一方、愚かな国民が騙されて選んだ��あの人物〞は邪悪な薄笑いを浮かべながら、弱者に
猛犬をけしかけている。そんな残忍な振る舞いを勇気と勘違いするような、ごく頭と心の悪
い人物であるという事実が、白日の下に晒されている。その人物が今や恥ずべき恍惚状態で
人前から姿を消そうとしている矢先に、田中さんが退場することになったことはとても残念
なことだと思う。
 田中さんが去った後、村井さんが県政を担当するわけだが、村井さんの登場に拍手大喝采
しているのが��煮ても焼いても〞という我利我利亡者ばかり――政府、自民党、官僚、大企
業、土建業・・・などの面々。
 長野県はまた、身分不相応なオリンピックをやって世界に恥を晒したあの時代に戻ってい
くのだろう。
 あの頃の長野県議会の議員たちは��悪名の高かった〞吉村知事の前では借り猫のようにお
となしく、知事と一緒に自分たちだけで甘い汁を吸うのに汲汲としている、という噂が跡を
絶たなかった。
 田中さんがいなくなることで、魑魅魍魎の跋扈がまた始まるのだろう。そういう心配があ
る。
 それともう一つ、最近滋賀県に誕生した��モッタイナイズム〞の女性県知事さんに吹き付
けるであろう逆風のこと。長野県のように油断しないで、滋賀県の人は力を合わせてその知
事さんを守り立てていって欲しいと思う。

 それから、これは長野県内のマスコミに対しての要望なのだが、このことを決して忘れな
いで貰いたい。あの暗かった��吉村時代〞、県内のマスコミは新聞もテレビも知事に睨まれ
ると縮み上がって、そのご意向のお先棒を担ぐのを専らとしていた。自由にものを言えるよ
うにしてくれたのは、その後の知事、田中康夫さんだったのだ、ということを。
 ■軽井沢の森の中http://www5.wind.ne.jp/hyouhyoutei/ 
引用なし
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▼ 軽井沢村もぐら通信8/7:長野県という県はせいぜいこんなもの 戸田 06/9/21(木) 23:37 ≪
面白いな‥ ねこかぶり 06/9/22(金) 1:54

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