「自由・論争」 掲示板

★この掲示板は戸田が「革命的独裁」をする所である。
この掲示板はジャンルを問わず、論争・口ゲンカ・おチャラけ・ボヤキ等、何でもOKだが、「掲示板のルール1」「掲示板のルール2」を読んで必ずそれに従うこと。
●ここのルールを守らない荒らし的文句付け屋に対しては、「何で稼いでいるのか、どんな仕事や社会的活動をしているのか」等を問い質し、悪質な者には断固たる処置を取り無慈悲にその個人責任を追及していく。
★戸田の回答書き込みは多忙な活動の中では優先度最下位である。戸田の考えを聞きたい人は電話して来る事。
●「Re:○○」形式の元タイトル繰り返しタイトルは厳禁!!必ず「内容が伺える独自のタイトル」をつけること。
◆約10年間完全自由投稿制を維持してきたが、荒らし・妨害投稿頻発のため、投稿者登録制に移行した。投稿する方はこちらにアクセスし、所定の手続きを行なうこと。
◆投稿者のメールアドレスは戸田が把握するが、掲示板では非表示にできる。
◆投稿者名・メールアドレス・パスワードは登録時のものを使わないと投稿できない。 登録・投稿についての分かりやすい説明はこちら。うまくいかない場合の問い合わせは戸田事務所まで。(冒頭記:2009年4/8改訂)   これまでの管理者命一覧(必読)

  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃スレッド表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃過去ログ ┃ホーム  
720 / 2575 ツリー ←次へ | 前へ→

八尾市による「年金差押え」弾劾! 反戦・福祉議員ネット 08/2/22(金) 15:55

差別を糾弾し、差別はしてはいけないことだとキチンと主張していったからこそ、 京都生協の働く仲間の会 08/3/4(火) 20:07

差別を糾弾し、差別はしてはいけないことだとキチンと主張していったからこそ、
←back ↑menu ↑top forward→
 京都生協の働く仲間の会 E-MAIL  - 08/3/4(火) 20:07 -
  
▼被災地労働者さん:
>差別と闘うということは「差別と闘う」「差別糾弾」と言えばいいのですか?私は実践で闘う中で共同性をとりもどしていくことができるという体験を被災地住民運動の中で学びました。部落差別まるだしの言辞を吐く被災労働者が公営住宅要求運動の勝利のために、部落の人々と同じ敵である市当局との大衆交渉に出て「この人らはここに住み続けたいっていうてんやろ!!」と叫んでともにデモをしたりしたからです。貧しい元自衛隊員の労働者は自分が子どものとき部落の子どもは運転免許を補助でとれたけど自分は自衛隊に行かないととれんかったと言いながらもこの大衆交渉に出て来たからです。その時に市の「部落だけに地元住宅を建てるわけにはいかない」という分断・団結破壊の狙いは破綻しました。

差別と闘うということは「差別と闘う」「差別糾弾」と言えばいいのですか?
そうではないと思います。だが、差別を糾弾し、差別はしてはいけないことだとキチンと主張していったからこそ、あなたの言うような、部落差別まるだしの人も、獲得できたと言うことだとおもいます。差別してもいいんだ、差別は悪いことではない、差別しても糾弾されない言うことでは、差別丸出しの人は差別丸出しのママです。
差別と闘う、差別糾弾は、部落差別と闘うと言うことが、非常に大きな意味を歴史的に持っています。しかし、それだけではありません。障害者紗別途闘う、障害者差別を糾弾する、女性差別と闘い、女性差別を糾弾すると言うことにも重大に影響します。部落差別糾弾の取り組みは、そのような取り組みの全部を牽引してきたと思います。その点でも、とても大事です。
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98; Win 9x 4.90; .NET CLR 1.1.4322)@202.215.145.122.ap.yournet.ne.jp>

720 / 2575 ツリー ←次へ | 前へ→
  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃スレッド表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃過去ログ ┃ホーム  
ページ:  ┃  記事番号:   
870,964
(SS)C-BOARD v3.8(とほほ改ver2.1) is Free