最高裁 上告申立の理由(7)


第6;原判決は憲法21条「表現の自由」に違反する

1;表現の自由の優越的地位

 憲法21条で保障された表現の自由は、人権のうちでも「優越的地位」を占める。この優越的地位は民主主義の観点から導き出される。国民主権原理に立つ政治的民主主義にとって、主権者である国民が自由に意見を表明し討論することによって政策決定を行なっていくことがその本質的要素であることはいうまでもなく、この民主政治にとって不可欠な自由な意見発表と討論を保障するものとして、表現の自由は極めて重要な意義を持つとされるのである。
 したがって、とりわけ政治的な言論が表現の自由の保障の中核をなすものとして位置付けられることとなる。

 こうした表現の自由の「優越的地位」という考え方は、表現の自由はとりわけ不当な制限を受けやすいから、その制限の合憲性は他の人権の場合よりもいっそう厳格に判断されなければならないということに帰結する 。
 政治の場にあって多数派は、多数派を脅かしあるいはそうなりそうな言論を芽のうちに摘み取ろうとして抑圧する危険があり、それが実行されれば政治的な言論も封殺され、国民主権原理は足元から崩れてしまう。こんな危険な事態を防止することこそが、表現の自由への制限を厳格に判断する「優越的地位」理論の主眼である。

2;地方議会における議員の発言の重要性

 議会は住民を代表し、議員は地方政府と住民を連結する。議員は、多様な支持基盤とチャンネルを背景に住民の代表として選出され、自治体の最終的な意思決定に参画していることが住民自治の根幹となっている。住民の期待に応え、議員が住民の代表として適切に自治体の意思決定を行っていることが実感できて初めて、住民の主権者としての意識が充足され、住民自治の発展に貢献していくのである。
 また議員は、立法つまり政策形成機能を担い、住民間の意見対立を招く様々な問題点についてその所在を明らかにし、時に他の議員の見解を鋭く批判することも求められる。
 この責務を果敢に実行することによって地方議会は活性化し、議会の政策形成機能を如何なく発揮できるようになるのである。
 また議員は、政策の執行に関して監視、抑制という重要な役割を担うに当たって行政や他の議員と厳しく意見対立することも避けられない場合も往々にしてありうる。

 このように議員の活動は、鋭い意見対立、厳しい緊張関係の下で行われる以上、それに対する抑圧の危険は絶えず存在しているのであって、多数派による不当懲罰という手段でこうした抑圧が加えられることも稀有ではないが、そうした抑圧が横行するならば、地方議会は形骸化され、住民自治、地方自治の本旨が大きく損なわれることになる。
 こうした病理現象を除去するために、議会における議員の表現の自由は最大限保障されなければならない。
 換言すれば、言論の府とされる地方議会にあって、住民の代表たる議員が住民の意思を体現して住民の意見を議会や行政に反映させ、あるいは住民の立場を代弁して行政を監視する等の目的で発言する自由は格別手厚く保障されなければならず、これは憲法の民主主義原理の強く要請するところなのである。

      全国町村議会議長会の発行する「議員必携」の「第2編 議会の運営 第5章 発言」の冒頭(甲第21号証113頁)における、

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  「議会は、『言論の府』といわれるように、議員活動の基本は言論であって、問題は、
  すべて言論によって決定されるのが建前である。
   このため、議会においては、 特に言論を尊重し、その自由を保障している。会議原則
  の第一に『発言自由の原則』が挙げられるのもそのためである。国会については、憲
  法において『議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問わ
  れない』{憲法51}と定め、特別にそのことを明文で保障している。これを免責特権 という。

  これは、戦時中軍部の言論抑圧によって国会が全く機能を失った苦々しい体験から
  見ても、厳守されるべき当然の規定である。地方議会議員に免責特権はないが、その
  趣旨や地方議会においても同様であって、もしも言論の自由がなくなれば、議員は、
  その職責を果たすことは、とうてい不可能である。」

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  との指摘を十分考慮する必要がある。

3;司法審査拒絶は憲法21条に違反する。

 議会における議員の発言が憲法上格別重要な優越的地位を占めているからには、議員の議会での発言に関する懲罰に対しては、積極的な司法審査を行なわなければ、憲法21条の表現の自由保障は絵に描いた餅になってしまわざるを得ず、したがって不当懲罰に対する積極的な司法審査が憲法21条の要請するところである。

  故に原判決は憲法21条に違反する。