最高裁 上告申立の理由(6)


第5;原判決は憲法の国民主権原則及び
    憲法第92条「地方自治の本旨」に違反する

 原判決の冤罪懲罰に対する司法審査拒絶は、憲法の国民主権原則及び92条「地方自治の本旨」に反する。

1;地方議会において、数の力によって多数派議員が少数派議員へ圧力をかけたり利害の対立等により、報復・抑圧等を目的・動機とした、懲罰の恣意的決議が行われる危険性は常に存在している。こうした事態が横行し、また、放置されたならば,地方における議会政治は重大な危機に直面することは必至である。
 こうした弊害を克服するには、議会が自主的に是正することに期待することも一つの方法ではあるが、多数派が決定した事柄を覆すことは容易ではないことは自明であって、その実効性は疑わしく、大きな限界がある。
 選挙を通じての是正も、通常4年に1度であるうえ、選挙では多数の争点が存在する等の事情から、不当懲罰が是正される機会としては多くを望めない。
 多数派議員によってなされた冤罪懲罰に対する是正策としては、少数派の人権を守ることを重大な責務とする司法審査こそが、唯一ともいえる有効な方法である。
 したがって、不当懲罰に対し司法審査が機能しなければ,地方議会の歪みを野放しにする結果を招来し、ひいては議会制民主主義が危機に陥る事態を手をこまねいて見てい ることになってしまう。

 日本国憲法は、前文で、「主権が国民に存すること」 と、「国民主権」原理に立つことを宣言している。憲法の国民主権は、具体的に存在する一人ひとりの国民を主権者とする原理として理解され、民意ができる限り正確に議会に反映されるべきことが求められる。このような理解と要請に基づき,議会制と民主主義とが結合され、議会制民主主義が国民主権原理の制度として位置付けられ、憲法前文1項は、「・・・その権力は国民の代表者がこれを行使し・・・」と明記している。
 それとともに憲法は、国民主権原理を実現するために不可欠の制度として、民主主義の源泉であり学校である(ブライス)とも言われる地方自治を重要視している。
  つまり,一定のコミュニティにおける人民の「自治」の制度が,自由と民主主義の実現にとって,重要な意義を有するということである。こうした観点から憲法は、第8章で、地方自治を憲法上の制度として定めたのである。

 憲法が「地方自治」を憲法上の制度として定めたことは、明治憲法下の中央集権的な地方制度を否定し、「自治」の名にふさわしい地方自治制度を確立することを目指したものである。そのことは、憲法92条の「地方自治の本旨に基づいて」とする文言に,集約的に表されている。この「地方自治の本旨」とは、人権保障と民主主義の実現にある。
 すなわち、まず第一に、国民主権=民主主義という点からいえば、国よりも規模の小さい地方団体のほうがより「民意に基づく政治」を実現しやすいといえる。
 また、人権保障という観点でいえば、国のレベルでの全国画一的な処理よりもそれぞれの地域の実情に応じた処理が求められる領域も少なくないから、国の政治制度だけで十分とはいえず、この点でも地方自治が不可欠となる。

 このように人権保障と民主主義の実現ということは、地方自治だけに固有の目的ではなく、国の政治も同じ目的を有するのであるが、この目的は国政だけで十分に果たしうるものではなく、地方自治の制度が不可欠である。ここに、地方自治制度の存在理由がある。そしてこうした意義を持つ地方自治を活かし、国民主権原理が貫徹できるようにするためには、地方議会が健全に機能することが欠かせないのである。
 その地方議会の本来的な機能として、住民代表機能、立法権と監視権がある。
 地方議会は住民を代表し、立法を重要な使命の一つとするとともに、政府や地方公共団体の行政の執行を監視し、牽制を行ない、統制していくことが期待されている。
 そのために地方議会においては、予算や決算に関する権限のほか、重要な契約の締結に関する議決権等、行政作用に参与し決定する権能が広く認められているのであって、立法権とともに、監視的機能が重要な機能なのである。

2:不当懲罰に対する司法審査拒絶は、国民主権及び地方自治違反である。

 不当懲罰に対する司法審査拒絶は、地方議会における多数派の横暴を放任し、多数派専制に手を貸す結果となる。それにより、地方議会における適正な立法機能、監視機能が著しく損なわれることになってしまう。
 それはまさに、民主主義と人権保障のための憲法上の制度である地方自治を空洞化し、ひいては国民主権を形骸化することになる。
 1960年大法廷の採った不当懲罰に対する司法審査拒絶とそれに追随した原判決は、こうした地方自治の空洞化、国民主権の形骸化をもたらすものであって、憲法で定められた国民主権及び地方自治の本旨に違反するものである。