第3;除名以外の懲罰といえども「冤罪事件」ならば司法審査による救済がなされねばならない

1;いかに議会が自律権を持っていようとも、懲罰事由がないのに懲罰を行なったらそれは冤罪事件であり、違法な懲罰として取り消されねばならないのは当然の法理である。
 そして憲法第32条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と規定し、国民の重要な基本的人権のひとつとして裁判所において裁判を受ける権利を保障している。憲法のこの規定を受けて、裁判所法第3条1項は「裁判所は、日本国憲法の特別の定めのある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。」と規定しているのである(傍線控訴人、以下同様)。
 国民に基本的人権を保障する一方で、他方において自力救済を禁止し法の支配の貫徹を基本的理念とする近代民主主義国家においては、裁判を受ける権利の重要性はいくら強調しても強調しすぎることはない。基本的人権が侵害された場合、自力救済が禁止されている以上、最終的には裁判所に救済を求める以外に方法がないからである。

2;事実認定は、裁量の問題ではない。確かに、判断主体により、判断内容は異なりうるが、それは当該判断が裁量事項であるからではない。要件該当性判断は、事実認定の問題であるから、そこに司法審査権が及んでも、裁量権の侵害の問題は生じないのである。
 さらに、裁判官は憲法及び法律にのみ拘束され、その良心に従って、独立して裁判を行うのであるが、その良心も主観的な政治・道徳・思想に関わる信念とか人生観・世界観といったものではなく裁判官としての職業的良心(公平無私な精神)でなければならないことは自明のことである。

 そのことと同様、議会に認められる裁量も、全くの自由裁量ではあり得ず、地方自治法や全体としての法体系という客観的原理に基づいて判断されなければならないのであり、そこに事実認定に誤りや、地方自治法条への要件該当性の判断の誤りなどの濫用があれば、端的に違法という評価を下さなければならない(本来法的規律になじまない裁判官の良心違反ですら、それが法令違反として現れたときは、訴訟理由となるのである)。
 したがって、議会の裁量判断に委ねられている事項についても、裁量権の濫用があれば、違法評価を避けられず、それが、事実認定・法令解釈に関する事項であればなおのこと裁判所による取消の対象になるのである。

3;法令の解釈適用については、本来的に裁判所の役割として司法判断を行なうことを憲法は予定している。例えば、最高裁判所昭和56年4月7日第3小法廷判決で問題となったいわゆる「板まんだら」事件について、当該「板まんだら」が偽物かどうかについては宗教上の教義に関する判断にも及ぶことになるから「法律上の争訟」とはいえず司  法審査になじまないが、仮に正本堂に安置してある「板まんだら」を信者が偽物だと言って破壊した場合、刑事事件になれば当然司法判断がなされるであろうし、損害賠償が提起された場合も、「法律上の争訟」ではないというような判断をするとは考えられないのである。

 地方議会に一定の裁量権が認められるといっても、法令に従わなければならないことは当然であり、懲罰権行使の場合も地方自治法第132条の正しい解釈とその要件該当性についての正しい事実認定が当然要求される。
 地方議会が常にこの要請を満たして懲罰権を行使していればともかく、現実には本件懲罰や「懲罰議員白書」などで述べているように、間違った解釈や事実認定に基く誤った懲罰がなされることが少なくないのである。
 法令の間違った解釈・適用、間違った事実認定に基く懲罰権の濫用といった問題が発 生した場合には、積極的に司法の介入がなされなければならない。
 事実と法に基づく判断を行なう司法判断と、単純な多数決原理に従う議会の判断とは、自ずから性質が異なり、議会が地方自治法第132条の該当性について誤った判断を行なった場合は、当然司法判断に服さなければならないのである。

4;出席停止処分取消は裁判所法3条1項の「法律上の争訟」に該当する。

 議員に対する懲罰処分取消が問題となる場合、その懲罰処分の理由とされた議員の当該言動がどのような事実であるのかという事実の認定、そして、その認定された事実が地方自治法第132条に該当するか否かは、法律上の判断であり、裁判所が判断すべき事 項である。
 このことは1952年(昭和27年)最高裁判所第1小法廷判決(行裁例集3巻11号2335項)が指摘している通りである。即ち、上記1952年最高裁判所判例では、


「地方自治法132条所定の『無礼の言葉』に該当するか否かは、法律解釈の問題であって、これが解釈を誤りこれに基づき議員を除名したような場合には、その前提が違法であるから、除名そのものもまた違法たるを免れないのである。されば、被上告人の上告議会における言動を無礼の言葉を使用したものに該当するとして被上告人を除名した上告議会の本件議決を違法であると主張してこれが取消を求める本訴請求は、憲法58条2項に基づく除名の取消訴訟と異なり、・・違法な処分の取消訴訟であるといわなけれ ばならない。」
 「原判決は、議員が果たしてどんな発言をしたかを確定することは事実問題であるが、その認定された発言が地方自治法132条の無礼の言葉を使用したことに該当するかどうかは裁判所が客観的に判断するべき法律問題であって、議会の主観的判断に拘束されない旨を判示したものである。そして、原判決の右の説示は正当であって、当裁判所においてもこれを是認するものと考える。」
 「しかし、原判決の所論摘示の判示は、地方自治法132条だけの適用についての判示であって、所論のごとき議会の議員に対する懲罰理由全般についての説示ではない。」
 「原判決は、被上告人の議場外の行為に多大の反省を要する点があるからといってこれを被上告人の議会においてした発言に結びつけてその発言を無礼の言葉であると解することは当を失すると説示したのである。と判示している。原判決においては、議場外の行為にも言及し、その事実を認定すると共に、議場における言動が『無礼の言葉』に該当するか否かを判断したものである。」


 以上の通り、1952年最高裁判所判例は、除名処分が重い処分であるからという理由で司法審査の対象としたのではなく、当該懲罰事案の議員の発言が「地方自治法132条の無礼の言葉を使用したことに該当するかどうかは裁判所が客観的に判断するべき法律問題である」と明確に指摘し、法律判断の問題であるから司法審査の対象となるとしたのである。
 同判決が「地方自治法132条所定の『無礼の言葉』に該当するか否かは、法律解釈の問題であって、これが解釈を誤りこれに基づき議員を除名したような場合には、その前提が違法であるから、除名そのものもまた違法たるを免れないのである。」と判示したのは、この趣旨を明確に示している。
 当該懲罰処分が違法となる理由は、要するに「その前提が違法であるから」即ち、地方自治法第132条に該当するか否かの判断を誤ったからであって、除名処分という重い処分だからではない。当該事案がたまたま除名処分の事案であったというだけのことで ある。

5;一口に議会の議決と言っても様々なものがあるし、その中には多数派の横暴による議決も多々あることは、いわば周知の事実である。控訴人はこれら全てを少数派の訴えによって司法審査をしてくれと主張しているのではない。選挙で選ばれた議員が議会内の多数決によってその身分や職権を制限・剥奪される懲罰という重大事案に限っては、種々の議案議決と区別して、事実認定や手続きに大きな問題がある場合には司法審査による救済の途が用意されているべきであり、そうでないと多数派の恣意によって選挙結果が無効に同然となる事態が生じて議会制民主主義が重大な危機に見舞われてしまう、と言っているのである。これは議会の自律権を侵すものでなく補完するものである。