15;「社交の儀礼を標準としてはならない」ほどの、議会言論自由保障の大原則
(1) 議員の言論の自由が、憲法上極めて優越的な地位にあることの意義議員の発言が懲罰事由の構成要件に該当するか否か判断するに際しては、なによりも議会
の本来の目的、即ち、議会が住民福祉の向上に最大限貢献すること、そのためには住民を代
表する議員の言論の自由が最大限に保障されなければならないという観点から解釈されなけ
ればならない。地方議会における本会議の議場および委員会の議場は、民主主義社会におけ
る公の言論の府である。憲法21条によって、言論の自由はすべての市民に保障され、その権利は、民主主義の根幹
と位置付けられ、人権の中でも優越的地位を有しているとされている。
ましてや、言論の府とされる地方議会にあって、住民の代表たる議員が住民の意思を体現し
て住民の立場を代弁して行政を監視する等の目的で発言する自由は、格別手厚く保障されな
ければならない。このことは、憲法の民主主義原理の強く要請するところである。地方議会に
おける議員の発言に対する懲罰の適法性の判断は、議員の議会における発言が憲法上極め
て優越的な地位にあることを十分踏まえて行わなければならないのである。
(2) 「無礼の言葉」、「議会の品位」に関わる懲罰の適法性基準について地方自治法132条にいう「無礼の言葉」、規則102条の「議会の品位」のいずれについても、
議会における議員の発言に対する右法条違反を理由にした懲罰の適法、違法の判断は、明
確な基準に基づかなければならない。なぜなら、議員は住民の選挙で直接選出され、住民の
安全と福祉の向上という目標のために、議場における自由な言論活動を通じて、積極的に地
方行政に関与すべき職責を負っており、また、上に述べたとおり議員の発言権は、格別優越
的な地位を有しているからである。特に、「無礼の言葉」、「議会の品位」という概念は抽象的
で、濫用され易い概念であるだけに、懲罰権の濫用を防止できる明確な基準設定が絶対に
必要である。なぜなら、懲罰権が濫用されるならば、議員の言論はやがて自由を失い、かえ
って議会の使命の達成を阻む結果を招来するからである。これらの観点から、議場における発言によって職員が懲罰を受けるには、「実質的害悪を与え
ることの明白かつ現在の危険」や「現実の害意」が存在する場合に限定されるべきである。こう
いった判断・考慮を行なうことなく、ただ漠然と「他の議員に対して不穏当な言辞を用い、議会の
品位を失墜させた」との一言をもって懲罰決議を行うことは、法律解釈を誤り違法となってくる。また、議会には様々な厳しく対立する住民の意見が複錯して反映する結果、議員が付議された
事項について意見表明し合い、厳しい言論戦となる場合もあり、その場合、その措辞が痛烈とな
ることも十分起こりうる。これがために他の議員等の反発を引き起こしたとしても、議員の職責の
一環として必要な限度を超えていない限り、「無礼の言葉」、「議会の品位を損なった」と解すべ
きではないのである。
(3) 「相手の感情を反発することがあっても軽々しく言論抑制すべきでない」という先 例解説地方自
治法132条の先例解説に以下のことが述べられていることは重視されるべきである。
「もともと議会においては、何にもまして、自由闊達な雰囲気の中で活気ある言論が期待されるも
のであり、特に議会は執行機関を監視し、牽制する諸々の手続きを与えられており、その一環とし
て、執行機関に対して、その事務に関して証明を求め、意見を述べることができるものであって、
かかる場合、議員が質問し、意見を発表するのに、その言辞が勢い痛烈となるのはむしろ好まし
く、これがため相手方の感情を反発することがあっても軽々しくその言論を抑制するべきではない」
(4) 無礼の言葉を解するのに社交の儀礼を標準としてはならない」という札幌高裁判決議会での言
論にあって、「無礼の言葉」の範囲を如何に解釈すべきかは、以下の札幌高裁昭和25年12月15
日判決が明快に指摘している。「無礼の言葉に該当するか否かを判断するについて、特に注意を
要することは、議員の議会における言論の自由の尊重ということである。言論の自由は日本国憲法の厳に保障するところであるが、とりわけ普通公共団体の その住民
の代表として選挙せられ議会において言論をすることをその重要な職務とするものであって、その
言論については、他人の私生活のわたるものを除き、充分にその意を尽くし民意を反映せしめな
ければならない。ゆえに、その発言を無礼の言葉であるとして議員に懲罰を科するには慎重の考
慮を要するのであって、若しかようの懲罰権が濫用されるのなら、議員の言論の自由はやがて自
由を失い、かえって議会の使命の達成を阻む結果を招来する」「なお、同条(地方自治法132条)
にいう無礼の言葉を解するのに社交の儀礼を標準としてはならない。かようの儀礼に反する言葉
をすべて無礼の言葉というならば、議員の言論の自由は著しく制約せられてしまうであろう。議員の発言が無礼の言葉であると言われるには、議員が附議された事項についての意見や批
判の発表に必要な限度を超えて議員その他の関係者の正常な感情を反発する言葉であり、附議
された事項について自己の意見を述べ又は他の議員等の意見等を批判するについて必要な発言
である限り、たとえ、その措辞が痛烈であって、これがために他の議員等の正常な感情を反発して
も、それは議員に許された言論によって生ずるやむを得ない結果であって、これを以って議員が
同条にいう無礼の言葉を用いたものと解することはできないのである。」
(5) 他の議員や議会に対する批判言論もまた最大限保障されねばならない。議員が、他の議員の公的活動、私生活に関する発言を公開の場で行なった場合には、どのよ
うに解されるべきか。まさに、議員としての政治活動は公的活動に他ならない。また、議員たる
地位は、単に私人たる地位に止まらず公的存在者に他ならない。
従ってここでは、「表現の自由の保障」と「名誉・私生活の尊重」ないし「公共の理論」に着目し
なければならない。これらは、個人の名誉・私生活に関する事柄であっても、「社会的に著名な存
在である場合」、あるいは「公共の秩序や利害に直接関係のある場合」には、合理的な範囲内で
批判や論評が許されると言う考え方である(この点は、学説上はもとより、月刊ペン事件<最高
裁昭和56年4月16日判決・刑集35巻3号84頁>などでも明らかにされている)。地方議会の議員は公的存在者に他ならず、この意味においては、批判や論評の対象となった
相手方議員の名誉、公的活動、私生活は制約を受けることとなる。また、議員の発言内容如何
では、公共の秩序や利害に直接関係することもありうる。そうであるならば、発言を行なった議員
には免責される余地は十分に存在するのであり、むしろ、相手方議員は公的存在者であるが故
に、他の議員による批判や論評を真摯に受け止めるべきである。このように、地方議会の議員に関しては、一般市民秩序における名誉の保護、私生活の自由
をそのまま持ち出すことはできない。なぜなら、公的存在者たる議員の集合体である地方議会
にあっては、政治活動に対する批判や論評を行なうといった言論の自由が、最大限保障されな
ければならないからである。
従って本件懲罰のように、議会の運営の仕方や懲罰決定のありかたを事実に基づいて批判し
たことをもって「議会の権威を失墜させた」などと非難して懲罰決定するなどは、言語道断の誤り
と言わなければならない。
16:不利益処分を科す場合に最低限守らなければならない原則
(1) およそ近代民主主義国家において、ある人物に対して不利益な処分を科す場合は、@;その人間の考えや思想に対してではなく、行為に対しての処分であること。
A:不利益処分の対象とされる行為が何であるか、明確・厳密に指摘されているこ と。
B;その指摘が事実であること。事実認定について争いがあるときは厳正な調査がなされて、
事実が確定されるべきこと。C;その行為が不利益処分とされるべき法的根拠が明確で適法であること。
D;被処分者に対して、防御権と反論権が十分適切に保障されること。
E;以上に基づいて公正な判定がなされること。
が、最低限必要不可欠な前提であることは議論の余地のない自明の理であり、
これを欠いた不利益処分は不当・違法なものである。
(2) 懲罰手続は憲法の要求する適正手続、行政手続法の趣旨に従ってなされなければならない
議員に対する懲罰は、除名に限らず、出席停止、陳謝、戒告であっても、議員の身分、名誉、
信用にかかわる重大な問題である。従って、懲罰事由がないのに誤って懲罰するということが
絶対にあってはならないことは勿論、懲罰事由と懲罰との均衡が要求され、さらに、重大な不
利益を課す以上、民主的な適正手続が要請されることは日本国憲法31条の趣旨からいっても
当然である。また、1994年(平成6年)10月に施行された行政手続法は、行政庁が不利益処分
を行なう場合、処分の相手方の権利利益の保護を図る観点から必要な規定を整備した。
即ち、不利益処分をするかどうかの判断の基準を定め、公にしておくよう務めるとともに、不
利益処分をしようとする場合には、相手方に意見陳述の機会を与えるため、予め通知するととも
に、許認可の取り消し等の処分については聴聞手続、その他の不利益処分については弁明の
機会の付与の手続をとることとした。不利益処分をする際には、その理由を示すこととしている。地方公共団体の機関が行なう処分については、地方自治尊重の観点から、行政手続法の
規定をそのまま適用することとはしていないが、同法の趣旨に沿って必要な措置を講ずるよう
務めなければならない(行政手続法38条)とされている。
憲法31条の趣旨からすれば、懲罰請求者と被懲罰請求対象議員との関係においては、懲
罰特別委員会及び本会議は準司法機関的役割を果たす以上、懲罰請求者と対象議員とは、
対等公正に扱われなければならない。これは、誤った懲罰を防止し、懲罰が仮にも言論の自由
を抑圧することとならないよう、懲罰が真実と正義、言論の自由尊重の理念に基づいてなされる
ために不可欠の要請である。懲罰請求の審理にあたっては、誤った懲罰を防止するためには、まず第一に、懲罰請求さ
れた議員に対し、請求に対する反論、それを裏付ける事実の証拠の提出の機会を充分に保
障することが不可欠である。そのためには、懲罰請求の対象・根拠、即ち、被請求者が反論
すべき対象を明確にしなければならないのである。
(3) 法的に保障された高度な自治を持つ弁護士会の懲戒手続との対比<1>弁護士会は、弁護士法により高度な自治を認められ、且つ公的な性格を有する団体であり、
その会員に対する懲戒も自治に基づいて行われている。そうした意味では、弁護士会の懲戒
手続は、議員の懲罰問題を考える上で是非とも参考にさるべきである。弁護士会の懲戒手続
のうち、綱紀手続きは、いわば検察官的役割を有し、議員の懲罰手続では、懲罰特別委員会
を設置するか否かの本会議の議論の段階に相当する。懲戒手続は、いわば裁判所的役割を
有し、議員の懲罰手続では、懲罰特別委員会の審理に相当する。<2>まず、綱紀手続の段階について検討する。
@;被請求人は、弁護士の中から代理人を選任する権利がある。
A:綱紀委員会は、調査を開始する前に、被請求人に懲戒請求書の写しを送付し、
被請求人に弁明及び証拠の提出の機会を与えなければならない。B;Aの場合、懲戒請求書を送付する前に、懲戒請求者の提出した書面の記載内容が明確で
ない場合には、調査手続にはいる前に、請求人に対して釈明を求める手続を定めている。
即ち、本件懲罰におけるような、懲罰の対象が何であるのか曖昧なまま、従って被懲罰請
求者にとって何が防御の対象事実なのか不明確なまま実質審理に入るなどということはし
ないのである。<3>次に懲戒手続の段階について検討する。懲戒委員会は本件懲罰では、懲罰を審査するため
の委員会に相当する。@;委員会は非公開であるが、被審査会員の請求があれば公開される。
A;被審査会員は代理人を選任できる。
B:被審査会員及び代理人は、審査期日に出席し、書面又は口頭で意見を述べることができる。
C;被審査会員又は代理人は、書証又は証拠物を提出し、その取調を求めることができる。
また、官公署その他公私の団体又は関係人に審理に必要な事項を照会することを委員会
に申請できる。D;非審査会員又は代理人は、証人に対する尋問を委員長の許可を得て行うことができる。
E;第一回審査期日前に実施される証拠調べにも、被審査会員又は代理人は、立会すること
ができる。F;委員会の一部の委員に証拠調が付託された場合にも、被審査会員又は代理人は、
その付託された証拠調に立会することができる。G:被審査会員又は代理人は、綱紀委員会の記録及び委員会の審査記録を閲覧し、且つ、
謄写することができる。<4>以上の通り、議会と同様自律権が保障されている弁護士会の場合に、その会員が不利益処分
を受ける場合には、適正手続きに基づく民主主義的な権利がきちんと保障されているのである。
綱紀・懲戒手続においてこのようにきちんとした適正手続を保障したうえで、なお且つ、懲戒処
分を受けた場合には、裁判所に提訴して司法審査を受ける権利を保障しているのである。
(弁護士法62条)
議会と同様自律権が保障され、公的な性格を有する団体としての側面を持つとは言え、一面
では個別営利を追求することが許されている民間の職能団体である弁護士会にあってすら、会
員の不利益処分については、こういう厳格な手続きと権利保障がされているというのに、議会制
民主主義と地方自治の根幹を形成する公機関である議会において、弁護士会並の適正手続き
に基づく民主主義的な権利保障がなされないでよいはずがない。しかるに議会での懲罰手続において、残念ながら現実には適正手続に基づく権利が何ら保障
されていないうえに、現に議会内多数派の横暴によって不当な懲罰処分が強行されていて、議
会内では全く改善され得ないことが明白である。それにも関わらず、「議会に自律性」の名のも
とに、裁判所による司法審査が拒否されるとしたら、一体日本は民主主義国なのかと疑わざる
を得ないのである。