※下線、文字の色替えは戸田

2002年(平成14年)7月4日

門真市議会議長
  大 本 郁 夫 殿

大 阪 弁 護 士 会   
    会 長 佐 伯 照 道

要  望  書

 申告人戸田ひさよし氏(以下「申告人」といいます。)から、当会に対し、下記のとおり人権救済の申立がなされました。
 当会の人権擁護委員会において慎重に検討いたしました結果、市議会議長である貴殿に対して、以下のとおり要望を致します。

要望の趣旨

 門真市議会におかれ、「議会だより」やホームページの「市議会−議会だより」欄に、情報を掲載するにあったっては、市民はもとより市議会議員その他の公人に関するものであっても、情報を断片的に提供したり、伝えるべきことを伝えないというようなことをされれば、読者が誤解し、不当な予断・偏見を抱く可能性があるということを十分に自覚され、人の名誉を不当に毀損することがないよう、また、本人のコメント等もあわせて掲載するなどして、市民が正確な事実にもとづいて的確な判断ができるよう、事実の内容・表現等に細心の注意を払われるよう要望します。

要望の理由

第1 申告の内容

 門真市議会は、市議会が発行する、平成13年2月1日付「かどま議会だより」に「家宅捜索を受けた市議は戸田久和議員」との見出しで、門真市議会議員である申告人が、警視庁公安部から「家宅捜索」を受けた事実(以下「本件記事」といいます。)を掲載し、門真市民に全戸配布するとともに、同月4日から門真市ホームページの「市議会−議会だより」欄に同内容の記事(以下「本件ホームページ」といいます。)を掲載し、不特定多数の者に閲覧できる状態においたことによって申告人の名誉を毀損し、その人権を侵害した、との申告であります。

第2 認定事実

1 本件記事の配布及び掲載の形態

  「議会だより」は、門真市議会において編集発行され、編集責任は市議会議長にあります。市の広報誌である「広報かどま」に折り込む形で配布されており、本件記事を登載した前記の平成13年2月1日付号は、平成13年2月1日頃、全戸配布されています。記事は、裏面10分の1以下のスペースで、「家宅捜索を受けた議員は戸田久和議員」と太い大文字で見出しが付けられ、とりわけ「戸田久和議員」が目立つようになっています。
 門真市ホームページには、「議会だより」と全く同じ記事内容で、本件記事も掲載されています。見出しは赤色で、本文より大きな文字で記載されています。

2 ホームページの掲載責任者

 市のホームページの管理者は形式的には市長ですが、市議会の欄の編集権は、「議会だより」と同じく市議会議長にあります。市長は当該欄の編集を市議会に委ねており、明白な誤記や脱字でさえ市長に編集権は一切ありません。
 したがって、本件記事および本件ホームページに関する編集・発行責任は、市議会議長にあり、その内容・方法などに関する要望は、市議会議長に対して行うのが相当です。

3 配布及び掲載の経緯

 2000年(平成12年)12月2日の夕刊各紙に門真市議会議員の自宅が家宅捜索を受けた旨の記事が掲載されましたが、いずれにおいても申告人の実名は掲載されませんでした。
 その後、申告人は、家宅捜索が違法である旨を主張して、抗議文を作成するとともに、自らが開設するホームページにも抗議文を掲載しました。
 また、申告人方からの押収物はすべて還付され、その経緯についても、申告人のホームページ上に詳細に掲載しました。
 このホームページの掲載内容については、本件記事を掲載および配布する以前に、当時の市議会議長である大本氏もこれを閲覧して知っていました。
 同年12月20日の議会では、申告人方の家宅捜索の事実のみが確認され、申告人が家宅捜索は不当であることや押収物は還付されていることを発言しようとしましたが、申告人の発言は途中で遮られました。

第3 争点に対する判断

1 本件記事の配布及び掲載が申告人の名誉を毀損するか(社会的評価を低下させるおそれがあるか)について

(1) 本件記事は、日本赤軍重信房子容疑者の逮捕に関連して、申告人宅が捜索されたという事実を指摘するものです。
 一般的に、ある犯罪容疑者の逮捕に関連して、いわゆる家宅捜索が行われたことが報じられれば、一般読者は、捜索を受けた者も逮捕された者と何らかの接点を有しており、当該犯罪に関わったのではないかという印象を強く受けます。そのような事実の摘示は、人の社会的評価を低下させるおそれが十分にあり、逮捕の事実を摘示することが人の名誉を毀損するのと同様に、警察による捜索・差押を受けたという事実も名誉を毀損するおそれがあります。このことは、その事実が摘示された媒体が市の広報である場合でも、他のメディアに掲載される場合と何ら異なるところはありません。むしろ、摘示事実に対する一般の信頼の高さからいって、他のメディアに掲載される場合よりも、より一層、事実摘示をされた当事者に対して重大な影響を与えるものであるといえます。

(2) これに対して、大本氏は、本件記事が掲載され各戸に配布された時点では、すでに申告人が自己のホームページに、家宅捜索を受けた事実を公表しているので、それはすでに公になった情報であり、本件記事が名誉を毀損することはない旨反論しています。  

(3) しかし、名誉毀損が問題となる事実摘示に先行して、別のメディアが同様の事実摘示を行っていたとしても、ただちにその情報が社会のすみずみにまで知れ渡るとは限らず、ましてや申告人が自分のウェブサイトのホームページ上に掲載しただけでは、当該事実が公知情報になるものではありません。のみならず、申告人は、自分が事件と関わりがないということを知らせる前提としてやむをえず実名の公表をしているのであって、本件記事のように、本人のコメントを付記せず、単に、捜索を受けたという事実のみを知らせているものとは意味内容が全く異なります。本件記事の以前に自ら氏名を公表しているということを名誉毀損に当らない理由とすることはできません。

 2 本件記事掲載についての違法性を阻却する事由があるかについて

(1) 一般的に、摘示された事実が人の名誉を毀損する内容を含むものであっても、違法性を阻却する場合があるので、本件記事においても、違法性阻却事由の存否を判断しておかなければなりません。

従来から、「摘示された事実が公共の利害に関する事実に係り、その事実摘示がもっぱら公益を図る目的であった場合で、摘示された事実が真実であると証明されるときには、違法性がなく、真実であるとの証明がない場合でも真実であると信じるに足りる相当の事由があったときには、故意過失がなく、責任阻却事由になる。」という法理が定立されており、刑事事件としての名誉毀損や民事の不法行為責任の成否が争われるときに適用されます。
 この基準を単純にあてはめると、申告人は市議会議員であり、摘示された事実は犯罪に関係するものですから、公共の利害に関する事実であるといえ、本件記事は「捜索を受けたのは申告人である」という動かしがたい事実を述べるものであって、真実性の証明についても特段の問題点は見出しがたいともいえます。

(2) しかし、次の諸点について慎重な考慮がなされるべきです。

ア) まず、本件記事掲載当時、本件に関わる記事を掲載することに、どのような公共性があるかを考えますと、確かに、市議会議員が家宅捜索を受けたという事実は、その議員に対する評価に関わる事柄であり、市民にとっては今後の選挙の判断材料になりうる事柄ですから、民主制の基礎となる情報であり、積極的に市民に知らせる必要性が認められます。別の議員のことであるとの誤解を生じたとすれば、市民が誤った情報に基づいて投票行動を行うこととなるわけですから、それを防止するという目的で家宅捜索を受けた議員の実名を公表することには一定の意義が認められます。本件について、一般の新聞で報道がされたのは、2000年12月2日の夕刊であり、その直後であれば、第一報として捜索を受けた事実を淡々と知らせる事には上記のとおりの意義が認められます。

 しかし、本件記事が実際に配布されたのは、その後2ヶ月も経った2001年2月1日であって、その時点においては、単に申告人が捜索差押を受けたという事実だけでなく、捜査機関がそれ以後申告人を捜査対象としておらず、差押された物が返還されたこと、申告人自身も事件には無関係であることを強く弁明していたなどの事実も出揃っていました。そのような状況下においては、本件記事をもってしては、市民に必要な情報を知らせたとはとうていいえず、むしろ、捜索後の事実経緯、特に本人のコメントをも紹介した記事にこそ公共性が認められるといわなければなりません。いくら対象者が公人であるとはいえ、一面的な情報であってはなりません。本件記事掲載時点における本件記事の内容に公共性があるといえるかは疑問なしとしません。

イ) さらに問題は、本件記事に公益を図る目的があったか否かという点にあります。  この点についての判例・学説の大勢は、記事の表現・内容から判断し、当事者に対する反感ないし敵対感情から表現した場合や人身攻撃が目的であったといえる場合を除いて、公的目的を緩やかに認める傾向にありました。
 しかし、近時、公共の利害に関する事実であるからといって、いかなる公表方法や程度であってもその違法性を阻却するというものではなく、公表方法や程度は目的達成に必要かつ十分なものでなければならず、相当性を欠く過度な方法や程度にいたる場合には違法性を阻却しえないという考え方が一般的になってきており、この観点からの考察も必要です。

 そうすると、確かに、本件記事で表現されている文字の意味内容だけを判断の基礎とするならば、特に不当に申告人に対する人身攻撃を目的としていると判断することは困難であるようにも見えます。しかし、市政に関する事実については、市民に対してありのままの情報を提供するべきという観点に立ったとしても、大本氏が自認している事実についての認識から推すと、大本氏において、申告人が捜索差押を受けたという事実の指摘をしたうえ、故意に申告人の言い分を無視し掲載しないという、いわば消極的手法により、逆に申告人が事件と強い関わりがあるかのように印象付けようとしたとの疑いがぬぐえません。申告人が犯罪に関わったという印象を強く読者に与える結果になることを予期していたと認められます。少なくとも、結果として、そのようなことになっていることは否定できません。

 前記の公的目的の有無の判断に、表現方法や程度も考慮に入れるべきとする考え方が想定しているのは、不当な表現方法を積極的に用いる場面ですが、その法理の趣旨は、当該表現行為がめざしている公益目的に見合った相当な表現方法が用いられなければ免責されないというものです。本件のように、単に事実を事実として指摘するだけであっても、申告人が事件とかかわっていたことを一方的に断定してしまうおそれがある「捜索を受けたのは戸田議員」という表現方法は不適切であり、違法である可能性も否定できません。

ウ) 前記の判断は、これまでの名誉毀損の民事刑事の責任の有無の判断に比して、重い注意義務を表現者に課したようにも見られますが、本件において、大本氏は、申告人が、重信容疑者の事件との関わりを一切ないと弁明していること、マスメディアの記事においても、申告人を匿名にしているなどの慎重な取り扱いをしていること、一旦差し押さえられた物件が返還されていることなど、事件との結びつきについて疑問を差し挟むべき事情があることを熟知していたこと、大本氏が当時市議会議長であり、相当の権限を有し、本件のような事実の公表の仕方について、十分な配慮をなし得、またなすべき立場にあったことなどの諸事情が認められます。

 本調査は、純然たる法的紛争としての民事責任の有無を判断するものではなく、地方議会の議長による人権侵害のおそれがあるか否かを判断し、さらに将来の人権侵害を除去するべく適切な処置をとるべきであるか否かを判断するものであります。
 前記の諸事情に鑑みれば、人権擁護に積極的に取り組んでゆくべき自治体の広報のありかたについて、より程度の高い配慮を求めることが適切であると判断されました。

3 従いまして、本件については市議会の広報について編集・発行の責任を負っておられる市議会議長に対し、前記のとおり要望させていただくのが妥当であると判断し、前記のとおり結論します。

以上