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近畿市民派100回への提起書面:「市民派」議員とは何か?その発生と経緯(1) 戸田 16/8/7(日) 3:51
【3:「無所属市民派議員」が定着して以降に起こった「節目」のいろいろ】 戸田 16/8/7(日) 3:56
提起書面2:この弱点が克服されそうにない以上、「市民派」議員の存在意義は薄い 戸田 16/8/7(日) 4:01

近畿市民派100回への提起書面:「市民派」議員とは何か?その発生と経緯(1)
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 戸田 E-MAILWEB  - 16/8/7(日) 3:51 -
  
 門真市議の戸田です。「近畿市民派学習交流会100回め開催」まずはおめでとうござい
ます。

 思うところあって今回は参加はせずに「書面での意見提起」を行ないます。
 「市民派議員」とは何か?どのような経緯をたどり、どういう問題を抱え、今後どうな
っていくのか(どうするべきか)等についての、「当然行なわれるべき論議」の参考に
してもらうべく、印刷したものを岸和田の高比良君に80部託しますので、よろしくお願
いいたします。
 (直接に議論の材料に取り上げてもらえなくとも、参加各人に読んでもらうだけでも
  意味があると考えます。)

 「過去の経緯に目をつむる人(関心を持たない人)」には「現在の問題」を正しく判
 断出来ないし、「今後取るべき方向性」も判断出来ない」というのが、私の根底的な
 考えです。
  それでは順次書いていきます。(長文ご容赦を)
(戸田の論述に事実誤認等があれば、ぜひご指摘下さい。異論や反論ももちろん大歓迎)
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【1:「市民派議員」に関する戸田の関わりや立場性の説明】

1:戸田は「資本主義打倒・日帝打倒・世界社会主義革命」を信じる左翼活動家であり
 、また「帝国打倒の階級的労働運動を行なう連帯労組の組織候補」の立場からも
 「地域においても民主主義の深化を進める」ものとして1998年に門真市議になる準備
  をした。

2:1999年統一地方選で門真市議に初挑戦・当選した際には、井奥君や桂むつこ氏ら
 に賛同して「虹と緑の500人リスト」の会員となっており、「無所属市民派」を標榜。
  「地方議員に市民派を増やして国政も変えていく」路線にも賛同していた。

3:しかし当選後に直面した「懲罰・問責・辞職勧告攻撃」への会員多数派の鈍感さな
 どを契機に「虹と緑の500人リスト」に幻滅を感じて脱会。

  立場性の標榜も「無所属市民派」→「鮮烈市民派」→「鮮烈左翼」→「革命左翼」
 へと変化させていった。(5期連続当選の中で)
  「地方議員に市民派を増やして国政も変えていく」という単純な路線にも賛同出来
 なくなった。

  その他後述する様々な点でも「無所属市民派」議員という標榜や立場性自体に「問
 題あり」という見解を持つに至った。

4:「関西での接触」が中心になるとはいえ、「自治体議員のあり方」について、それ
 なりに歴史的・全国的視野を持って情報を得て考えてきた、という自負は持っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【2:社共の革新政党議員への反発否定としての「革新無所属議員」の発生】

1:「戦後革新勢力」とは社会党・共産党であり、特に共産党は「唯一の前衛政党」と
 しての「権威」を持っていた。
  しかし1960年の安保闘争の前段階、1956年の「スターリン批判」を契機に、共産党
 を「虚構の前衛・反革命」と糾弾する「新左翼」が誕生し、60年安保闘争では大きな
 力を発揮し、分裂を繰り返しつつも「反日共左翼」の流れが「全共闘」、「70年安保
 闘争」へと続き、また世界的な「60年代後期の若者叛乱」にもつながった。
  ・・・ゲバラ、パリの5月革命、ベトナム反戦、パレスチナ、等々・・・
      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2:当初新左翼勢力は共産党への反発もあって議会(選挙)闘争を軽視する事が多かっ
 たが、いくつかの党派は自治体や国政選挙に挑み、自治体議員を得る党派も生まれた。
  また「無党派リベラル」の「ベ平連」運動の中から議員への挑戦も生まれた。
  リブ(フェミニズム)の運動の中からの議員への挑戦も生まれた。

  それらはたぶん、60年代末頃から始まり、1974年の「戸村選挙」(三里塚空港反対
 同盟委員長の戸村一作氏の参院選挙闘争」への対応の中で、全国に生まれていた無所
 属地方議員を中心に「全国革新議員会議」が設立されている。
 ・・・泉南の小山さん達が続けている「全国革新議員会議」はこれのこと!
     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

3:この60年代末頃から生まれた「社共に属さない様々な左翼・リベラル・リブの議員」 が、自らを「革新無所属」議員を標榜した。
  新左翼党派のほとんどは非合法闘争もやっていたためか、モロに党派活動家議員であ
 っても公的には「中核派議員」とかの党派名を名乗ったり、「革命派議員」を名乗った
 りもせずに、みな「革新無所属」を名乗ったようである。
 この時代、「市民派議員」とか「無所属市民派」とかを名乗る議員はいなかったはず。      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

4:「市民派議員」とか「無所属市民派」とかを名乗る議員が生まれたのは、1991年の
 「ソ連崩壊」以降かその直前あたりからの事である。
  「革新無所属議員」が一定の伸張の後に停滞していく中、ソ連崩壊で「ポスト冷戦・ 脱イデオロギーの時代」が謳われる(実はそれもひとつのイデオロギーで、しかも帝
 国主義の)時代となり、それに見合って「革新無所属」よりは左翼性をかなり薄め、  「革新」という言葉がとっくに無効になったとの認識を帯びて発生したのが「市民派」
 という規定であっただろう。
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

5:もちろんここで使われる「市民」とは「町民・県民」などと同列の「市の住民」と
 しての「市民」ではなく、ベ平連の小田実らが多用した「社会の一員としての主権者
 であり生活者」として「理念化された」「市民」である。
     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

6:「自由リベラルと平和を愛し、人と環境に優しく、強権政治・金権政治を嫌う」が、
  「左翼や社会主義者」ではなく、この社会を「民衆と支配権力との闘い」とは捉え
  ても「資本主義の階級支配の社会」とは必ずしも捉えない、
 
  従って「労働者の力を高める事によって資本家階級を抑制打倒して社会を変革する」  路線には参与せず、「自立した個人の自由な連合によって社会を変革する」事を展望
  する人々。
  ・・・・「無所属市民派」の政治的立場は、そのように規定する事が出来ると思う。
      「古くさい左翼用語」で言えば、「プチブル個人主義の人々」。
 ※近年の実態で言えば「市民派」を自称しながら支配権力に追随する人も出てきたが。
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

7:「市民派議員」の増加は「市民オンブズ運動」の広がりとも連動しているように思  う。
  「従来の革新議員も含めた議会や行政の『慣行』に異議を唱え、『税金の無駄遣い』 を告発する運動」としても、「市民派議員」は注目される存在になっていったし、
 実際にいろいろな改善成果も挙げていった。
     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

8::「市民派とは何ぞや」という定義は確たるものはなくても、大ざっぱには以下の
 ような共通認識があったはず。
 (このような共通認識があるからこそ、「保守系市民派」とか「小泉改革派」とかに
  対して「あんなの市民派じゃない!」という反発が「市民派」と自己規定している
  人達から生まれるわけです)

 A:近代的市民たる「個人」としての良心に従って行動する。(「市民目線」)
   組織や業界の反市民的利害には服従しない。
   議会での「会派馴れ合い政治」には追従しない。

 B:自分の行動(政治行動も経済行動その他全て)に説明責任を果たす。
   説明責任を果たさない行政や既成議員・政党を追及批判する

 C:人権擁護・護憲(特に9条)・反戦平和・日本の戦争責任の自覚・あらゆ
   る差別に反対(だから当然男女共同参画)・強権政治や全体主義に反対・
   子供の権利擁護、等々

 D:環境保護・「自然との共生の社会」、「地球に優しい社会」を目指す。
  だから当然にも反原発もしくは脱原発。
  (「原発推進の市民派」や「原発容認の市民派」はありえない)
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

9:このような由来と内容を(大枠で)持つ「市民派」だが、人間誰しも個人的限界や
 弱点を持っているわけで、かつ「自分が置かれている現場からの視野の限界」も持っ
 ているので、
  お互いの切磋琢磨の意識とそれに基づく相互検証的な論議がなければ、行政やマス
 コミらが流布するマヤカシに知らず知らずに絡め取られていったり、小泉的エセ改革
 (最近では橋下的エセ改革)や新自由主義政治がホントの改革であるかのように錯覚
 して、それに同調していったりする。
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引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; GTB7.5; YTB730...@i220-221-37-59.s04.a027.ap.plala.or.jp>

【3:「無所属市民派議員」が定着して以降に起こった「節目」のいろいろ】
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 戸田 E-MAILWEB  - 16/8/7(日) 3:56 -
  
【3:「無所属市民派議員」が定着して以降に起こった「節目」のいろいろ】  

1:戸田が初当選した1999年頃は、「虹と緑の500人リスト」を筆頭とした「無所属市
 民派議員」がマスコミでも大きく好意的に取り上げられ、新たに市民派議員になろう
 とする多様な男女が参集し、運動も論議も非常に活発だった。
  (少なくともそういう印象が強い)
  「女性を議会に!」という運動も広がった。

  関東などでは「生活クラブ生協」から「自分らの代理人を議会に送る運動」も広が
 った。(「2期で議員引退して後継者にゆずる」というルールで)
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2:「1999年」はまた、ファシスト石原慎太郎が東京都知事に初当選した年であり、
 パソコンネットが発達して「ネトウヨ」が増えてきた時代でもあった。、
  翌2000年に石原慎太郎が「三国人発言」という差別発言をした事に対して、東京の
 小金井市の「市民派女性議員」(若竹りょう子さん)がネットで石原発言を批判した
 事から、その女性市議に右翼やネトウヨから猛烈な攻撃がかけられる、という事件があ
 った。

  戸田はHPで若竹さん断固支援で論陣を張ってネトウヨの荒らしと闘ったが、大半の
 「市民派議員」はこの「若竹攻撃」に萎縮してしまい、若竹攻撃問題に沈黙し、また
 自分のHP掲示板の自由投稿制を取りやめた。
  ▲「市民派(の大半)は右翼やネトウヨにビビッてしまう」という「弱点」がここで
   生まれていった。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

3:しかしこの時点では、そういう弱点はほの見えた程度で、全体としては「無所属市
 民派議員」の世界はメーリングリストでも学習会等でも論議が活発で、人も増え、
 「地域政党」づくりの取り組みが始まる地域もあった。(新潟など)

  2001年1月の茨木市議選では桂むつこ氏が、当時としては非常に珍しい「妊婦候補」 となり、誹謗中傷と跳ね返して見事に再選された。
  2004年4月の茨木市長選では桂むつこ氏が市議を辞職して挑戦し、「初の女性市民
 派市長の誕生を!」とみんな一丸になって燃えた。
  惜敗はしたものの、桂むつこ氏は全国に輝く「市民派の星」、「市民派のホープ」
 であり続け、桂氏HPでの情報発信も活発だった。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

4:●しかし翌2005年は「無所属市民派」に大きな暗転が起こった年だった。
  1/13に連帯労組生コン支部の武委員長ら4名が不当逮捕され、以降長期拘留される
 大弾圧が始まり、12月には反弾圧のスポークスマンたる戸田も政治資金規正法違反をデ
 ッチ上げられて逮捕されるという事件があった。

  これに際して日頃連帯労組に支援を受けていた「市民派議員」の少なからぬ部分が
 権力弾圧の本質を判断出来ず、反対の姿勢を取らずに遠ざかる、という現象が起こっ
 た。
  当時社民党だった辻元清美氏や「市民派の輝ける星」の桂むつこ氏の逃走ぶりは、
 その典型だった。
  ▲「権力弾圧と闘えないという市民派の弱点」がかなり露呈した。

  ●さらに桂むつこ氏が、2005年1/23の茨木市議選で3選を果たした以降は、「市民
 派仲間」、「女性運動仲間」とさえ音信を断ちつつ、「市長与党派になる」という、
 驚くべき「変節・変質」をとげていた!

  これに「新たな市民派女性市議を」と訴えて当選した小林議員も加わり、やがては
 他の若手も加えて5人もの「実質与党会派」が出来上がっていった。
  小林議員は「市民派議員」として「近畿市民派議員学習交流会」に出席し続け、桂
 むつこ氏は全く顔を出さない、という「役割分担」の形になった。
 
 ■(自公勢力市長なのに)「市長議案に全て賛成!」という、これまで誰も考えた事
  が無かった「御用市民派」が誕生したのである。
  http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=6927;id=01#6927
  http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=6928;id=01#6928
  http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=6929;id=01#6929
  http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=6932;id=01#6932
   (↑「市民派議員が腐敗する時」(1)〜(4))
  http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=6951;id=01#6951
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

5:この「御用市民派誕生事件」は、それ自体だけでなく、

  (1)その事が2012年4月の茨木市長選に桂むつこ氏が出馬して戸田が情報を得て批判
   するまでの7年間も(!)「市民派世界」の中で「誰も知らない・誰も論議しな
   い」状態になっていた事と、
   (反維新候補として新社会党の山下さんが出馬した選挙戦を妨害する形で桂むつ
    こ氏が自公らに推されて出馬した)

  (2)この「驚くべき変質」を戸田が暴露批判しても、井奥君が先頭になって「議論封   じ」を図り、既に出来ていた「緑の党」勢力の誰もがこの議論封じに従った事、
   http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=6938;id=01#6938
 も併せて

 ■「御用市民派の発生」と「相互批判を嫌い公開的な政治論議を嫌がる『市民派ムラ政   治』体質」という、2つの問題を浮き彫りにした。
   「他人には説明責任、自分らは説明無責任」の2重基準である。
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

6:さらに、2012年に「御用市民派発生」が7年越しで露見する以前の段階から、
 市民派議員の「変質転向」と「相互批判無しの説明無責任」問題は、以下のようにどん
 どん出てくるようになった。 
   ↓↓↓
 (1)エイズ被害者の川田竜平を全国の「市民派」と中村敦夫氏の後援で2007年参院選で
  東京選挙区の無所属参院議員として国会に送り出す事ができた。
  「初の市民派国会議員」として全国の市民派の期待を集めたが「川田本人(夫婦?)
  のわがまま」を制御する事が出来ず、川田は2009年12月に、「財界と米帝の新たな
  手先」である「みんなの党」に移行してしまった。

   しかも「市民派議員運動としての公開的な議論」は出来ないままに。
   本来は「議員になった者と支援者との相互関係」の問題として、「市民派」であ
  ればこそ、大いに論議されねばならないはずなのに!

 (2)2008年に橋下が自公推薦で大阪府知事に当選し、2010年に「大阪維新の会」とい
  う「地域政党」を作って(大成功裏に!)地方自治破壊を進め、「新たなファシズム
  勢力」となって自治体の議員や首長を増やしていったが、大阪の「市民派」の多数
  はこれと正面切って闘う事が出来ず、各地での維新の伸張を許した。
   
 (3)それだけでなく、かつて「虹と緑の500人リスト」の仲間だった「市民派議員」が
  「秘密保護法に賛成」の「みんなの党」や「維新」に移行する事すら起こった。
   神戸市議の高山氏や井坂氏が典型だが
    (井坂氏は2012年12月の「政権再交代」の衆院選近畿比例区で「みんなの党」
     の国会議員となり、2013年末に「結いの党」に移行し、2014年に「維新の党」
     に移行、政調会長にまでなり、維新の党分裂に際しては橋下に同調して
     「おおさか維新の会」に残った。)
   この手の「変質転向」が「市民派世界」の中では全く論議されないまま。
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

7:「権力弾圧と闘わず」、「ヘイト勢力を批判せず差別煽動に沈黙の加担をする」体質
 が、次のように酷くなっていった。
    ↓↓↓
 (1)2009年8/30の「政権交代衆院選挙」への報復弾圧としてなされた井奥・井筒逮捕
  弾圧(「東播2市議文書弾圧事件」)
   http://www.hige-toda.com/kakogawa_danatu/kakogawa_danatujiken.html
  で、「緑の党」の「市民派」は、「反弾圧闘争」を放棄して「個人のミスの問題」と
  歪曲した対応に終始した。

 (2)2009年の京都朝鮮学校襲撃でザイトクの差別暴力煽動が露わになっても、2010年
  3月には生駒市議会が襲撃されて市民派議員自身が被害にあってさえも、「市民派議
  員」の圧倒的多数はザイトク問題(ヘイトスピーチ問題)に沈黙し続けて保身を図っ
  た。
   戸田ら連帯ユニオン議員ネットに結集した議員・候補者達が「ザイトク糾弾」の
  決議を公表したりしただけだった。

   門真市で2009年9月議会を皮切りに「反ザイトク施策」、「住民の安全と尊厳を
  守る行政責務」が進行する一方で、「市民派議員達が支持してきた市民派女性市長」
  を擁する尼崎市では、2012年6月議会で
    ◆ザイトクが市議会傍聴で在日女性を囲んで差別罵倒攻撃しても放置!
      「市民派女性市長」も職員も知らん顔!
    ◆「人権派」議員達(市民派・共産・社民・民主)は「ザイトク相手にせず」
     と称して保身で反ザイトク闘争を抑止し、市民を攻撃にさらす!
  という事件まで起こっている。
  http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=7453;id=01#7453
  http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=8296#8296

   しかもこれへの戸田の批判に対しては「尼崎市の古参の市民派議員」で「緑の党」
  の酒井一議員から無反省な居直りが、2014年2月に門真市で戸田が開催した「ザイ
  トク問題研修会」で示されたのみである。

   今年6月に「ヘイトスピーチ解消法」が施行されて社会的意識がだいぶ改善された
  以降も、「緑の党」系市民派議員からも、「オンブズ系市民派議員」からもヘイト
  対策を進めようとする動きは聞こえて来ない。
   「税金の使われ方には敏感でも、人権の潰され方には鈍感な人達」と言わざるを
  得ない。
===================================

 長文になりましたが、これで
「近畿市民派100回への提起書面1:「市民派」議員とは何か?その発生と経緯」を終わ
り、「提起書面2」を作成していきます。
                    8/3(水)10:44 戸田ひさよし 拝
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; GTB7.5; YTB730...@i220-221-37-59.s04.a027.ap.plala.or.jp>

提起書面2:この弱点が克服されそうにない以上、「市民派」議員の存在意義は薄い
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 戸田 E-MAILWEB  - 16/8/7(日) 4:01 -
  
 門真市議の戸田から、続きです。
戸田の論述に事実誤認等があれば、ぜひご指摘下さい。異論や反論ももちろん大歓迎。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<近畿市民派100回への提起書面2:
     この弱点が克服されそうにない以上、「市民派」議員の存在意義は薄い>

【1:議員なのに「論議を嫌がる体質」でどうするの??】

1:昨今の(関西を中心とした)「市民派議員候補者の大半」の「最もどうしようもなく
 ダメな所」は、「公的な問題について公開的に議論するのを嫌がる」事だと思う。

  2005年頃からの事例については、「提起書面1」で触れたが、つい最近目にしたのは
 、この「近畿市民派100回め」を企画した泉大津市議で「緑の党」の高橋登議員の事例
 である。

  近畿市民派の最古参議員でもある高橋議員について、参院選挙対応をめぐる今年2
 月のある市民活動家懇談会で、参加者の面前で新社会党の山下けいき茨木市議を執拗
 に罵った事に対してメーリングリスト等で批判しておいたが、
   http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=9645;id=#9645
 高橋議員は無言無対応で続けるのみだった。

  それだけでなく、7月参院選公示前の市民会議で同席した時に、その件(空疎な候補
 者一本化論)に戸田が触れて問いかけた時に高橋議員が取った対応が、
  「メーリングリストで私の個人名を挙げて非難するのはけしからん」
 というものだった。

  これにはさすがに「目が点になる」ほど驚き呆れた。
  議員の公的言動について公開的に批判論評する事を「個人名を挙げて非難するのは
 けしからん」とは、もはや「自民党的ムラ議員の言い分」ではないか!?

  しかもそういう無茶苦茶な反発を市民活動家が会議している場で平然と述べるとは!
  これは「(近畿)市民派議員の全体的な意識レベル」がそこまで落ちてしまっている
 事の証左だと思わざるを得ず、心底呆れ果てたものだ。
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2:「市民派議員の特色=売りもの」であるはずの「公職者の説明責任」や「活発な議  論」というものが、とっくの昔にゴミ箱に入れられてしまっている事を、市民派最古参
 市議で「緑の党」の役員議員の高橋登議員の言動が、余すところ無く示している。
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

3:ここ10年程前から、市民派議員学習交流会で頻繁に顔を合わせる者同士でさえ、
 メーリングリストにおいても、それ以外の場においても「議論を闘わせる」という事が
 絶えてしまっている。
  「議論」があるとすれば「限られた気のあった仲間内でのなあなあの話し合い」だけ
 になってしまっている。
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

4:「公開的に議論する事を嫌う」のは、次のような理由なのだろう。
    ↓↓↓
 (1)自分が批判されたくないから他人に批判的な事を言わない(自己保身)

 (2)ネトウヨやザイトク、極右議員らに目を付けられたくないから、彼ら彼女らへの
   公開的な批判言動をしない。(そいつらの被害者の痛みを無視した自己保身)
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

5:自治体議員の場合、ネット公開的な見解表明や議論をしないでいれば、変な事をし
 ても目立たず、意識的な人達にも知られずに済む、という事が多い。

  だから例えば、宝塚市の女性市民派議員の一部が「辺野古基地建設反対の誓願」に
 対して「国政問題だから地方議員会で取り上げる課題ではない」という口実を付けて
 請願採択に反対しても、
  社会的に報道される事はないし、「市民派議員界隈」で話題にされる事も無くて済
 んでしまう。
  「○○議員は反戦平和の市民派だ」という「商標」のメッキが剥げる事も無い!
  ホントは「看板に偽りあり!」なのだが。
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

6:しかしこういった「議論を嫌がる体質」を続けたままでは、他のあらゆる弱点を克服
 する事は出来ないし、市民の信頼を裏切っていくばかりであり、自分自身の政治思想を 腐敗させていくばかりである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【2:「昨今の市民派議員の大半」の「その他の重大な弱点」について】

1:「市民派という立場性」のとめどのない曖昧化

  「市民派議員とは何か」については、「書面1」で述べたように、「曖昧な部分は
 含むが一応の定義は出来る」ものだ。
  「市民派」という言葉は、「あの人は大会社の重役だが『庶民的な人』だ」とか、
 「自民党国会議員だが『庶民派』だ」とかで使われる「庶民派」と同じでは無い。

  これはいわば「市民派というブランド価値で有権者から票を得て議員になる」ため
 のものであり、そのブランドの偽物が横行する事を、他人に対しても自分に対しても
 許すべきではない。

  ところが昨今の状況は「議論を嫌がる体質」と相まって、「自分に対しても他人に
 対しても、市民派ブランドのとめどのない曖昧化」が進んでいる。
   
  そして泉南市の小山さんのように、「自分自身が『市民派』だと思えばそれでいい
 んだ」、「他人がとやかく批判すべきではない」、というような事を公言する人もい
 る。
  ヘイトや極右になろうが、維新や自民党に行こうが、本人が市民派と言うのなら市
 民派なのだ、という事である。

  なるほど特許商品では無いのだから、本人の言を封殺する事は出来ない。
  しかし、「それはニセ物だよ」、と批判指摘する事は出来るのであって、それをし
 ないで放置するのは、結局、他人にも自分にもケジメを無くして、権力・右翼・資本
 にすり寄っていく道を保持する事であり、
  「有権者を騙すニセモノ商法」を自他に許す事である。
  これは到底「市民感覚を大切にする政治行動」ではない。 
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2:権力弾圧や右翼・ヘイト勢力の民衆攻撃に対して闘わない。

  これは「書面1」であらかた述べているし、かつて2013年7月に
大反響!戸田が「緑の党」を支援しない理由〜民衆勢力が国政進出をするためには(上)
 http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=7329;id=01#7329 
で述べておいた通りである。
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3:「議員の労働価値の安売り競争」を進めて集票しようとする傾向の増大。

  「市民派議員の大半」ではないが、決して「ごく一部の例外的少数」とは言えない、 それなりの部分で「議員報酬半減で活動します!」とか「政務活動費は受け取りませ
 ん!」とかの「議員の労働価値の安売り競争」を進めて集票しようとする傾向が増
 大しており、それへの批判が皆無に等しい。

  これについては、2013年7月の
戸田が「緑の党」を支援しない理由(下) 〜議員の情報発信潰す「報酬半減公約」の愚劣   http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=7330;id=01#7330

 でも批判しておいたが、「自己資産がある」とか「連れ合いが高収入を得ている」と
 かの特殊事情に頼って一般的生活者を議会から排除するものであるか、もしくは「議
 員活動にわずかの経費しか投入しません」という「お手軽活動」の推奨にしかならず、
 日本社会の現状を変えていくには害悪の方がはるかに大きい。

  「維新の会」などのエセ改革派は「身を切る改革」と大宣伝する裏で、不正蓄財や
 利権あさりをしているが、「市民派議員」の「清貧主義」は「活動量の縮小」になって
 「真の改革」を遠ざけてしまう場合がほとんどである。

  (▲「個人献金を広く薄く集める」手法は、権力弾圧に晒されたら弾圧の輪を広げ
    しまう危険と裏腹だし、「活動力量の配分」からみて不効率でもある)
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4:「労働者が反権力・反資本主義の方向で闘っていく重要性」への無知無関心

  日本の労働組合の大半が「労働者を分断する企業別労組」であり、「ろくでもない
 御用労組」である事は事実だが、それを打破せんとする「世界標準の産業別労組」と
 して頑強に闘い続けている「戦闘的・階級的労組、労働運動」も、連帯労組生コン支
 部のように少数ながら存在し、近年社会的影響力を飛躍的に拡大している。

  しかし「市民派の大半」は、市民運動や消費者運動は知っていても、労働運動につ
 いて余りに無知無関心のままで、「労組」といえば「原発推進の連合」とかしか思い
 浮かべられない人も少なくない。
  
  資本主義社会を根底的・民衆主体的に変革するには、「生産点」、「商品や情報の
 流通、販売点」での労働者の闘いを土台に据えなければあり得ない、
  「自由な市民の個々人連合での市民運動や選挙運動のみでは、運が良くても部分的
   改善しかないし得ない」、
 という見地を、「市民派」諸氏はもう少し考えて見るべきである。

  より具体的には「産業別的な戦闘的労働運動と中小企業の連携による地域作り」
 「ソウル市で数年前から大規模に進行しているような協同組合による地域作り」
 である。
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5:「公営住宅破壊・住民追い出し攻撃」に対する無知無関心

  およそ「基本的人権の保障」の土台となるのが「居住権の保障」であるが、日本の
 場合は「持ち家主義の推奨施策」によって国民を住居費奴隷に化しており、欧州で確
 立された「公営住宅の量的保障」にほど遠い状態にある。
  国民一般だけでなく社会的活動家も、それに洗脳されてきている。

  加えて昨今では「受益者負担」や「応能応益主義」の口実や、「低家賃公営住宅は
 入れない人達に不公平だ」というデマゴギーによって、「公営住宅破壊・住民追い出
 し攻撃」が全国いたる所で進められている。
  特に部落解放運動による「差別解消政策」として建設された「同和住宅」について
 は、建設当初の行政の約束や責務を無しにした破壊攻撃が著しい。

  しかし、「市民派議員の大半」は、「部落差別問題絡みの案件」には関わりたくな
 いとか、歴史的経緯を知らないので判断出来ないとかの事情によって、この問題には
 ノータッチで、つまりは行政のやりたい放題にさせている場合が非常に多い。
  「公営住宅破壊・住民追い出し攻撃」に対する抵抗闘争は、「市民派議員」である
 ならば、本来は積極的に支援していくべこ課題である。 
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 長文になりましたが、これで「近畿市民派100回への提起書面1・2」を終わります。
「市民派」の古参の人も、新しい参加者も、それぞれに考えてもらいたいと思います。

 異論や反論があれば、ぜひ出して下さい。「論議なくして発展無し」ですので。
 戸田と「市民派自認の人達」とでは、「政治的立脚点」にかなり違いがありますが、
「この日本社会を民衆本位の社会に改革していく事を願っている」点では、共通する部
分があると考えます。
 (「近畿市民派学習交流会」は勉強になる部分も多いので、今後も機会を見て参加し
   ていきます、) 
 それでは。
      8/3(水)14:00  戸田ひさよし 拝
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引用なし
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; GTB7.5; YTB730...@i220-221-37-59.s04.a027.ap.plala.or.jp>

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