第9;参考:元ベテラン市議からみた門真市議会 1;裁判官諸氏には本件を審理するに当たり、地方自治体議会の実態、なかんずく門真市議会の実態をしっかりと踏まえていただくことを切望する。そのためにあえて以下に紙幅を割かせていただくものである。 2;一般的にいって地方議会とはどういうところか? 「たった一人の革命」を読んで 杉浦明平 地方議会といっても、大は定員百人以上の都議会から小は十数人の村議会に至るまでさまざまだとはいえ、その体質・構造は、ほぼ相似形を保っているのではあるまいか。
2;次に紹介するふくおひろしさんは、武蔵村山市で7期28年も猛烈な闘いをやってきて2年前に引退した有名な元市議であり、田舎体質行政を猛烈に批判追求するだけでなく、議会の民主化にも体を張って闘い、全議員を巻き込んで質問時間制限などのない、日本で一番自由闊達な議会言論と徹底した審議保障を実現させ、既に1986年に全国最高レベルの情報公開条例を議員提案で作り上げた凄い実績を持ち、その議会奮闘記の「たった一人の革命」で第2回朝日ノンフィクション大賞まで受賞した方である。 そのふくおさんが、控訴人からの依頼ではなく(控訴人は同氏と面識がなかったし、この本のことも全く知らなかった)、独自に懲罰連発の門真市議会の事件をあちこちで聞き知って、今回ご自分の著作「デスマッチ議員の遺書」(甲第48号証)で控訴人の闘いを大きく紹介して下さったわけで、本の第11章で「全国最低か?大阪・門真市議会」 と見出しをつけて5ページに渡って門真市議会の異様さを批判している。そこでは、「各地の実例に接してきた中でも、特に大阪の門真市議会は度を超していると批判せざるを得ない。」、「議会の品位を汚している点では、知る限りにおいて、恐らく全国的にも低程度のトップクラスと位置づけても間違いないと確信して言える」と書かれているので、以下にその部分の抜粋を紹介する。 全国最低か?大阪・門真市議会 (「デスマッチ議員の遺書」P.146〜P.150) 市民派の議員が登場し、議会情報が市民向けに発信される例が多くなったが、その一方で、それが気にくわないとする多数派による様々な不当・違法ないじめを受けるケースが各地で続発しているのは嘆かわしい傾向である。
99年の選挙で門真市議会に初登場した戸田久和議員(鮮烈市民派)が受けている被害には次のようなさまざまなものがある。 ○委員会記録の閲覧不許可による業務妨害 ○ネクタイ着用の強制(拒否)○議場に鞄持ち込みの禁止(拒否)○陳謝の懲罰(拒否)○出席停止・・○議運の運営を妨害したとしての議員辞職勧告決議○出所不明の中傷ビラ ・・・同氏(戸田)が秘密会の内容を公開したわけではないだろうし、委員会を非公開でやったところで、議員は委員外議員として審査に参加する権利があるのだから、通常の委員会の内容を公開したこと自体、「市民に知らせる義務」を果たした立派な行為であるとわたしは考えるが、そのように考える議員が門真市議会にだれ一人としていない
とは、情けない話である。 戸田議員がホームページで会議録を公開するに当り、解説をつけてひぼう・中傷したと攻撃されているが、残念ながら門真市議会に限らずこの国の多くの"役立たず議員"には批判を文字通りの批判として受け入れる土壌も教養も備わっていないことから、耳に痛い批判や指摘をすべて「ひぼう・中傷」と言って排除しようとする傾向がある。 また、議会運営委員会が戸田議員を意識して、視察や研修先でのビラの配布を禁止したり、ネクタイ着用の強制、鞄の持ち込み禁止などを押しつけようとしているが、ただただ笑うしかない。そのうえ、それらを決定した際の珍論・奇論・暴論が満載と思われる議運の会議録の閲覧を拒否しているのは、もはやお笑いの世界である。さすがお笑い の本場の大阪だけのことはあると言えば、言いすぎかもしれないが、恥を知れと言いたいのである。 青森県の三沢市議会がカラ視察を暴かれた腹いせとばかりに、一人の市民派議員のいじめに精を出し、ネクタイと議員バッジの着用を強制し、全国の笑いものになったのはまだ記憶に新しい出来事である。 情報公開に努める戸田議員が気になるのなら、議会が@「閉ざされた議会」を「開かれた議会」にするために何を改革すべきかA議員固有の諸権利を尊重するためには何をなすべきかB戸田氏の人権を侵害した事実を認め、謝罪すること。そしてレベルアップするための研修会でも設けたらいい。議会の研修費はそのような目的に使用するために予算化されているはずである。 「議会の自律権」とは 戸田議員が受けている被害に対しては「出所不明の中傷ビラ」を除き、地方自治法に基づき処分の取り消しを求めて審査請求を知事に提出しても、裁判所に提訴しても、「議会の自律権」を理由にいずれも却下されるのである。 ここに言われている通り、地方議会にとって自律権はもっとも大切なものの一つである。だが、この地方自治制度は議会が「言論の府」で、かつ「良識の府」であることを前提として成り立っているのであって、地方自治法や憲法を平気でないがしろにし、自らを律することができない議会が存在することを想定してはいないのである。 (以上) |