■9/30本会議闘争は、議会言論自由拡大を格段に前進させ圧倒的に勝利した!■

 = 戸田の2002年10月2日勝利宣言 =

 何人かの新たな傍聴者も迎えて闘われた戸田の9/30本会議闘争は、公明党ら非常識4会派の懲罰攻撃はじめとする言論潰し攻撃の発動を完全に封殺し、門真市議会における言論の自由拡大に格段の前進を作りだし、圧倒的に勝利した。
 そのメルクマールを述べるならば、戸田の一般質問の中で、

1:現在裁判で争われている、2001年3月議会での懲罰対象発言を戸田が意図的にそのまま再現したにも拘わらず、4会派はそれに対する懲罰・発言削除攻撃を何ら起こすことができなかったことである。
 それが、「議会だよりによる人権侵害救済事件」に絡ませた質問であり、その中で戸田は、「12月議会最終日の12月20日本会議終了間際 になって、公明党の山本純議員の『質問』を受ける形を取って、事実調査もせず、私の説明をあえて発言禁止にしてまで、『家宅捜索を受けた議員は戸田議員である』という記録づくりのためだけとしか思え  ない議会運営が行なわれた結果、作成・発行されたものであり、その理不尽さと危険性・・・」と山本議員の下の名前の追加までして、かつて懲罰・削除の対象となった発言をそっくり繰り返したことである。

 公明党ら非常識4会派は、この発言にかつてと同様の懲罰攻撃を加えて戸田の闘争拡大と市民からの反発を受けるのか、それともかつての懲罰攻撃の正当性を自ら否定する容認行為を選ぶのか、の苦しい選択に立たされ、その中で「かつての懲罰と矛盾することになっても、もはや懲罰攻撃はかけられない」、という時代状況と自分らの立場および力関係を苦々しく認識する他なかったのである。

2:さらに合併問題の質問に絡めて、市民に見えなかった動きを暴露する中で、「合併に反対する議員は話し合いの場から排除しよう」とか、「来年3月末までに合併させよ」、などと非常識なことを言って、守口市の議長からはねつけられた大本議長の醜態とそれに付き従う門真市行政の見識の無さを、戸田の後ろの議長席にいる大本議長本人を初めとした4会派の苦々しさを尻目に、余すところ無く暴露し、議会記録にしっかりと残したことである。
 これは今後の合併騒動にあたって、門真守口の市民への格好の判断材料提供になるであろう。

3:また、国賠訴訟に関する質問では、実務責任者の部長・課長の実名を挙げて、「虚偽公文書作成・偽計業務妨害」の実行者であり、「職業的良心と最低限の見識を失っ」たと厳しく断罪し、4会派に何の文句も付けさせなかったが、これもまた2001年3月議会で保健福祉部の部長・課長を「情報隠ぺい・職務怠慢」と批判したことで戸田を懲罰した4会派に対する戸田の勝利であった。
 行政の行為を事実に基づいて議員が批判することに何の問題もない、という本来当たり前のことが、9/30本会議闘争によって門真市議会でも定着したのである

 そして以上の対4会派バトルの他に、行政に対しては、公金支出先団体の責任者氏名隠し問題を巡って、幹部級非常勤公務員の氏名隠しや、公益法人情報に対する閣議決定違反の事実を再度確定させるなどして、市の違法ぶりを一層浮かび上がらせて、国賠訴訟に有利な証拠を積み上げたし、質問通告のタイトルにおいても門真市行政の乱脈ぶりを市民に良く伝え得るものとして行政に突きつけた。
 門真市議会の問題が最高裁まで争われるのが門真史上初であるだけでなく、市長が国賠訴訟の被告にされることも「門真市でかつてなかった」事件である。

 また、「錯乱暗黒行政への対応」として、今回初めて「質問通告要旨のボヤカシ簡略化とすりあわせ拒否」によって、行政全体に大きな波紋を起こし、「門真市でエライことが起こっている」、少なくとも「自分の仕事に影響を受ける」、ということを多くの幹部級職員に実感させることができた。
 直接的には不誠実な職員よりも実直な職員により負担がかかってしまう、という矛盾はあるが、これまでのように用意した原稿を読んでおけばいい、というぬるま湯感を払拭して緊張感ある答弁作業を生み出した。
 これと同時に、今議会での「門真市議会史上最高の12人の一般質問」という状況は、行政側にも、今までの馴れ合い・楽チン議会が過去のものになってきたことを実感させた。
 そしてこの動きを作ってきたのが、戸田の断固たる闘いであることは言うまでもない。

 以上の勝利を勝ち取った要因は、戸田が圧倒的な正義性と道義性を基盤にして、極少数でも精鋭闘士によるゲリラ戦として断固闘い、かつまた「水滴で岩をも穿つ」覚悟の長期持久戦として闘う、というの長期徹底闘争戦略の下に、「弾圧をかけたら闘争拡大、譲歩をしたら闘争前進」、という「どっちにしろ戸田に有利な両取り作戦」を実行しているからである。
 4会派側が大阪地裁でも高裁でも、判決の上では懲罰裁判で圧勝したし、最高裁でも99%勝てる見込みであるにも拘わらず、もう一度戸田に懲罰攻撃をかけたら従来の最高裁判例がひっくり返ることになるかもしれないという恐れと、懲罰すればするほど戸田の得票が増え自分の票が減る、という現実的可能性を戸田に突きつけられ、彼らはたじろがざるを得なくなってきたのだ。

 4会派の今の心情としては、「戸田みたいな『闘争マニア』なんか、相手にするのがアホらしい」というような所だろう。彼らはそのよう思うほか自分らの敗北事実を容認することができない。
 彼らがそのように思うのは全く自由であり、戸田はそれに干渉しようとは思わないが、「それくらいのことは、懲罰・問責事件を起こした3年前に分かるのが常識というものだよ」、くらいの事は言わせてもらおう。
 あの時から、「運動歴25年の歴戦闘士の戸田に、ど素人のあんたら23人がかかってきても勝ってこない」ことは示していたはずだ。全くケンカを売るなら人を見てから売ることだ。

 かくして、今後多少の逆流はあるだろうが、基本的には「懲罰ストーカー的言論封殺攻撃」の段階は終了し、「ある程度好き勝手言わせるが、最後は多数決で封じる」という「普通の対応」へ門真市議会が段階移行(進歩)したものと、戸田は捉えることにする。
 これは戸田の勝利であると同時に、新たな段階での闘いの始まりである。
 4月市議選を通じて旧来型議員の切り落としと、まともな新人議員の増加による「市民派会派」の結成、そして戸田の圧倒的トップ当選を実現して、議会と行政の刷新に邁進するものである。さらに闘わん! (やっぱ「闘争マニア」?)

2002年10月2日 鮮烈市民派 戸田ひさよし