2006年6月29日 大阪高裁判決

平成17年9月8日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(ワ)第8499号国費支出差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成17年7月7日

        判  決

別紙1当事者目録記載のとおり

        主  文

1 原告らの請求の趣旨第1項(差止請求)に係る訴えをいずれも却下する。
2 原告らの請求の趣旨第2項記載の請求(損害賠償請求)をいずれも棄却する。  
3 訴訟費用は原告らの負担とする。

        事 実 及 び 理 由

第1 請求

1被告は,「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に  関する特別措置法」に基づき,自衛隊が実施する,イラク共和国における人道  復興支援活動及び安全確保支援活動に対し,国費を支出してはならない。

2 被告は,原告らに対し,それぞれ金1万円及びこれに対する平成16年8月 31日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 本件は,原告らが,被告に対し,イラク共和国(以下「イラク」という。)に  おける自衛隊の人道復興支援活動及び安全確保支援活動が違憲もしくは違法であ  ると主張して,これに対する国費支出の差止めを求め(以下「本件差止請求」と  いう。),また,原告らは被告の上記活動により平和的生存権ないし幸福追求権  を侵害され精神的苦痛を被ったと主張して,国家賠償法に基づく損害賠償請求として,それぞれ1万円の慰謝料の支払を求めた(以下「本件損害賠償請求」という。)事案である。

1前提事実等(いずれも弁論の全趣旨により認められる。)

(1)平成15年7月26日,「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保  支援活動の実施に関する特別措置法」(以下「イラク特措法」という。)が成立し,同年8月1日,公布・施行された。

(2)被告は,「イラク特措法に基づく対応措置に関する基本計画」(以下「基本計画」という。)を閣議決定し,航空自衛隊をクウェート・カタールに派  遣し,陸上自衛隊をイラク南部のサマワに派遣した。

2 争点及びこれに対する当事者の主張

(1)本件差止請求に係る訴えの適否(本件差止請求における本案前の争点)

【原告らの主張】
 ア イラク共和国への自衛隊派遣の経緯

  (ア)国会は,平成15年7月26日,イラク特措法を成立させ,同年8月1日,これを公布・施行した。

  (イ)内閣は,同年12月9日,自衛隊のイラクへの派遣期間を同月15日から1年間とする基本計画を閣議決定した。

  (ウ)防衛庁は,同月18日,「イラク特措法における実施要項」(以下 「実施要項」を策定し,内閣総理大臣は,同日これを承認した。

  (エ)内閣は,基本計画及び実施要項に基づき,次のとおり,以下の金額を予備費として支出することを決定した。
     同月19日
      陸上・海上・航空自衛隊の派遣準備経費 約241億円
      航空自衛隊先遣隊の活動経費 約1億円
     平成16年1月13日
      陸上自衛隊先遣隊及び航空自衛隊本隊の活動経費 約9億円
     同月27日
      陸上自衛隊本隊及びこれを輸送する海上・航空自衛隊部隊の活動経費 約17億円

  (オ)内閣は,平成16年4月1日から同年12月14日までの陸上・海上  ・航空自衛隊の活動経費として,約135億円を同年度予算案に計上した。

   (カ)防衛庁長官は,航空自衛隊をクウェート・カタールに派遣し,陸上自衛隊をイラク南部のサマワに派遣し,海上自衛隊の輸送艦・護衛艦をイラクに出航させた(以下「本件自衛隊派遣」という。)。  

   (キ)内閣は,平成16年6月18日,自衛隊をイラク多国籍軍に参加させることを閣議決定した。

   (ク)内閣は,平成16年1.2月9日,更に1年間の派遣延長を閣議決定した。
   現在,第5次隊が派遣されている。
 以下,本件自衛隊派遣のための国費の支出を「本件国費支出」という。

イ 本件差止請求に係る訴えが適法であること本件差止請求に係る訴えは,行政事件訴訟法上の抗告訴訟及び民事訴訟双方の性質を併せ持っものであり,以下に述べるとおり,いずれに解したとしても適法である。

 ア)本件差止請求に係る訴えは法律上の争訟性を有すること本件自衛隊派遣以降,イラク全土にわたって銃撃戦や殺敏行為が繰り  返され,多数の死傷者が発生している。本件自衛隊派遣により,日本国民が粒致事件の被害者となり,平成16年10月には,武装組織に粒致された日本国民が遂に殺害されるという凄惨な事件が発生したのである。本件自衛隊派遣により,日本国民は攻撃の対象とされ,その生命・身体に対する危険はイラク国内にとどまらず,日本国内外で活動し生活する日本国民がテロの標的にされる可能性が顕著に増大しているのである。   
 そうすると,本件自衛隊派遣とその活動が,原告らに向けられたものではないからといって,原告らの具体的権利ないし法律上の利益に対し何ら影響を及ぼさないとはいえない。かえって,本件自衛隊派遣とその活動により,原告らの生命身体に対する危険は直接的かつ具体的なものとなっている。  
 したがって,本件差止請求に係る訴えは法律上の争訟性を有することは明らかである。

(イ)行政訴訟としての本件差止請求に係る訴えが適法であること以下に述べるとおり,本件差止訴訟は行政訴訟として適法である。
@本件国費支出は,行政事件訴訟法上の抗告訴訟の対象となる。   
 本件国費支出により,日本国民も日本の国内外にかかわらずテロの標的となり,原告らを含む日本国民の生命・身体・財産に対する差し迫った具体的危険性は日々増大しているのであるから,本件国費支出は,まさしく,「公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められている」行政処分であるということができる。
 A また,本件差止請求に係る訴えは,そもそも法律の規定しない無名抗告訴訟であって,通常の抗告訴訟ではないから,行政処分の「処分性」を従来の理論的枠組みの範囲内で解釈しなければならないとする必然性はない。   
 無名抗告訴訟における訴訟要件は,@明白性(=当該行政庁の一時的判断権を留保する必要性が認められないほどに行政庁の作為・不作為の義務が法律上一義的に明白であること),A緊急性(=重大な損害・危険が切迫していること),B補充性(=他に救済を求める適切な方法がないこと)である(最高裁昭和47年11月30日第一小法廷判決・民集26巻9号1746頁参照)。   
 これを本件についてみると,@本件自衛隊派遣の憲法・自衛隊法・イラク特措法違反は明白であり,A原告らの生命身体に対する重大な損害・危険が切迫しているという緊急性があり,B原告らには他に救  済を求める適切かつ効果的な方法がないのであって,上記3要件を満たすことは明らかである。

(ウ)民事訴訟としての本件差止請求に係る訴えが適法であること
@ 平和的生存権  
 平和的生存権とは,戦争や戦力なく,恐怖と欠乏に脅かされることなく平和のうちに生存する権利である。  
 憲法前文に明記された「平和のうちに生存する権利」は,憲法9条の戦争放棄・戦力不保持条項により客観的・制度的に担保され,また,憲法13条の幸福追求権条項に包含されることにより,個別的人権として保障されているというべきである。平和的生存権の享有主体は,憲法の適用を受ける日本国民及び日本の統治範囲に生存する個人であり,原告らも当然に権利主体性を有している。また,ここでいう平和とは,抽象的一般的な平和ではなく,具体的・現実的な平和であって,その平和が破壊されれば,即座に生命侵害の危険が生じるというものである。  
 平和のうちに生存する権利を人権としてとらえることは,今や国際的潮流であり,平和的生存権は,国際社会においても新たな人権とし  て明確に位置付けられている。  
 以上のとおり,平和的生存権は,憲法が実定法上認めそいる具体的な権利であり,かつ,それ自体,その侵害が認められればこれを排除することを可能とする,いわゆる裁判規範性を有する権利である。
A 幸福追求権  
 憲法13条は,「生命,自由および幸福追求に対する国民の権利」 いわゆる幸福追求権を保障している。   
 1960年代以降,幸福追求権は,憲法に列挙されていない新しい人権の根拠となる包括的権利であり,これによって基礎付けられる個   々の権利は,裁判上の救済を受けることができる具体的権利であると解されるに至った。   
 本件においては,憲法前文にある「平和のうちに生存する権利」が,憲法9条の制度的保障を介して,憲法13条の幸福追求権の内実を形成し,平和的生存権という個別的人権として生成すると解するべきであるから,本件における幸福追求権とは,上記平和的生存権と同一の権利である。
 B 以上のとおり,平和的生存権ないし幸福追求権は裁判規範性を有するから,政府が憲法の恒久平和主義に反する行動を採り,個人の平和的生存権を侵害するときは,日本国民である個々人は,これを排除するため,政府の行為を差し止める権利を有するというべきである。

【被告の主張】

ア 本件差止請斜こ係る訴えは法律上の争訟性を欠くこと

 裁判所の審判の対象は,「法律上の争訟」でなければならない(裁判所  法3条)0「法律上の争訟」というためには,@当事者間の具体的な権利  義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること,Aそれが法令の適用により終局的に解決することができるものであることが必要である。
 本件自衛隊派遣並びに人道復興支援活動及び安全確保支援活動は,そも そも原告らに向けられたものではないから,その性質上,原告らの具体的権利ないし法律上の利益に対し,何ら影響を及ぼすものではない。
 したがって,本件差止請求に係る訴えは,上記@を欠き,法律上の争訟性を欠くから,不適法である。

イ 行政訴訟としての本件差止請求に係る訴えが不適法であること

  本件差止請求を行政事件訴訟法上の抗告訴訟であるとしても,本件国費  支出は抗告訴訟の対象とならないから,本件差止請求に係る訴えは不適法である。
 抗告訴訟の対象となる行政庁の処分とは,行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するのではなく,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,行政庁が公権力の発動として行う行為であって,その行為によって直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最高裁昭和30年2月・24日第一小法廷判決 ・民集9巻2号217頁,最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決 ・民集18巻8号1809頁参照)。
 しかしながら,本件自衛隊派遣並びに自衛隊の人道復興支援及び安全確 保支援活動やそのための国費支出は,原告らに向けられた行為ではなく, 原告らの権利や法律上の利益に何ら影響を及ぼさないものであり,少なくとも,これらの行為が法律上直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するということはあり得ない。
 したがって・本件国費支出は,行政事件訴訟法3条7項の「処分」に該 当しない。よって,本件差止請求に係る訴えは,抗告訴訟の対象となり得 ないものを対象とするものであるから,不適準である。

ウ 民事訴訟としての本件差止請求に係る訴えが不適法であること

 原告らは,本件差止請求の法的根拠は,平和的生存権ないし幸福追求権 であると主張する。しかしながら,まず,平和的生存権は,その概念その ものが抽象的かつ不明確であるばかりでなく,具体的な権利内容,根拠規 定,主体,成立要件及び法律効果等のどの点においても一義性に欠け,極 めて暖味なものであり,国民個々人に保障された具体的権利とは認められ ず,それ自体を根拠(裁判規範)として,国民から国に一定の裁判上の請 求をすることはできないと解すべきである。また,幸福追求権の中身を構  成する権利・自由は一義性を欠くため,直ちに具体的な権利を引き出せるものではないし,原告らの主張する「幸福追求権」は,その主張に係る平和的生存権と内実を同じくするから,平和的生存権が具体的権利と、は認められない以上,当該「幸福追求権」も具体的権利とは認められない。  
 したがって,民事訴訟としての本件差止請求に係る訴えは,原告らの主張する被侵害法益が具体的な権利ではないから,不適法である。

(2)本件国費支出が違憲・違法であるか(本件差止請求における本案の争点)

【原告らの主張】
 本件自衛隊派遣は,次に述べるとおり,違憲・違法である以上,本件国費支出も違憲・違法であり,また非効率的な支出の実態を考えれば本件国費支出は不当だから,これを差し止めるべきである。

 ア 憲法9条違反
 
 憲法9条は,前文が謳い上げる徹底した平和主義原理を具体化し,戦争・武力による威嚇・武力行使を永久放棄し,戦力を保持せず,交戦権を否 認する旨定めている。同条を素直に読む限り,日本は,たとえ自衛のためであっても,軍備を保有せず,また,戦闘行為を行わないことを国是としたのである。  
 政府は,自衛権の行使につき,「我が国が急迫不正の武力攻撃を受け,他に防ぐ方法がないという切迫した場合に,必要最小限度の反撃に限られる」(専守防衛),「日本は,国際法上集団的自衛権を有するが,それを行使することは,自衛のための必要最小限度の範囲を超えることになるから,憲法上許されない」との立場を採っている。  
 本件自衛隊派遣は,他国による侵略行為がないのに,外国の領土に出動して自衛権を行使することであり,「専守防衛」の原則上許されず,憲法 9条に違反する。

 イ 自衛隊法違反

 自衛隊法は,「自衛隊は,その任務の遂行に必要な武器を保有することができる。」と定め(自衛隊法87条),防衛出動の場合は,「わが国を防衛するため,必要な武器を行使することができる。」と定めているが(同法88条1項),治安出動や自衛隊施設の警護等の場合は,一定の要件(警察官職務執行法の準用)の下に「武器の使用」を認めるにとどまっている(自衛隊法89条1項)。  
 本件自衛隊派遣は,無反動砲や個人携帯対戦車砲など重装備の武器を携行し,「交戦規則」を定めて臨んでいる。これは,「武力の行使」そのものに他ならず,自衛隊法の趣旨を潜脱するものである。

 ウ イラク特措法違反  

 イラク特措法2条3項は,「・‥現に戦闘行為(中略)が行われておらず,かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる‥・地域において,活動を実施するものとする」 旨定めている。すなわち,確実に戦闘行為が行われることがないと認めら  れることが,自衛隊を派遣する前提要件となっているのである。しかるに,  現在のイラクは全土が戦闘状態にあるから,本件自衛隊派遣は,イラク特措法中の非戦闘地域の要件を充足しておらず,イラク特措法に違反する。

エ 本件国費支出の不当性

 本件自衛隊派遣の目的は人道復興支援であるとされている。本件自衛隊派遣のために,日本政府は合計約404億円の予算を計上した。当該派遣費用は税金の無駄遣いともいうべき法外なもので,給水活動等の自衛隊の活動は著しく非効率的である上に,本件自衛隊派遣の費用全体のうち約7 割が自衛隊の「装備費」として費消されたものであり,このような国費の支出は極めて妥当性を欠くものである。このような観点からしても,本件国費支出の不当性は明らかである。

【被告の主張】

  争う。

(3)本件自衛隊派遣及び本件国費支出により,原告らの権利ないし法的利益が侵害されたか(本件損害賠償請求における本案の争点)

【原告らの主張】

 ア 平和的生存権ないし幸福追求権の具体的権利性  
 上記(1)【原告らの主張】イ(ウ)こおいて述べたとおり,平和的生存権ない し幸福追求権は,具体的権利であるから,法的保護の対象となる。

 イ 平和的生存権ないし幸福追求権の具体的侵害状況  
 本件自衛隊派遣以降,イラク全土にわたって銃撃戦や殺敏行為が繰り返され,多数の死傷者が出ている。本件自衛隊派遣により,日本国民が拉致事件の被害者となり,平成16年10月には,武装組織に拉敦された日本国民が遂に殺害されるという凄惨な事件が発生したことからも明らかなように,日本国民は攻撃の対象とされ,イラク国内にとどまらず,日本国内外で活動し生活する日本国民がテロの標的にされる危険性が顕著に増大しているのである。  
 日本国民である原告らは,現時点で原告らの生命身体に対する侵害を受けていないものの,日本国民全体が生命身体の危険にさらされることによって,原告らの平和的生存権ないし幸福追求権を現実に侵害されているものである。原告らは,これにより受けている精神的苦痛を慰謝するため,それぞれ1万円の慰謝料の支払を求めるものである。

【被告の主張】

 上記(1)【被告の主張】ウで述べたとおり,平和的生存権ないし幸福追求権 は,具体的権利ではなく,何ら国家賠償法上保護された法的利益とは認めら れない。
 また,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求においては,原告らの国 家賠償法上保護された利益が現実に侵害されたことが必要であるところ,原 告らは,権利侵害の可能性や危険性を主張するのみで,侵害が現実に発生していないことは明らかである。

第3争点に対する判断

1争点(1)(本件差止請求に係る訴えの適否)について

 原告らは,本件差止請求に係る訴えは,行政事件訴訟法上の抗告訴訟及び民事訴訟双方の性質を併せ持つと主張する。しかしながら,以下に述べるとおり, いずれに解するとしても,本件差止請求に係る訴えは不適法なものである。

(1)本件差止請求に係る訴えは,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に 当たらないから,不適法であるといわざるを得ない。   
 「法律上の争訟」であるというためには,当事者間の具体的権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であることを要するところ(最高裁昭和27年10月8日大法廷判決・民集6巻9号783頁,最高裁平成元年9月8日 第二小法廷判決・民集43巻8号889頁等),本件自衛隊派遣並びに自衛隊の人道復興支援及び安全確保支援活動,ひいてはその活動の原資となる本件国費支出は,何ら原告らの具体的な権利や法律上の利益に影響を及ぼすものではないから,原告らと被告である国との間に,具体的かつ個別の法律関係やそれに基づく紛争が生じているとはいえない。したがって,上記のとおり,本件差止請求に係る訴えは「法律上の争訟」には当たらず,以上と異なる原告らの主張は採用することができない。

(2)ア 次に,本件差止請求に係る訴えが抗告訴訟として、適法であるかを検討するに,抗告訴訟とは,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいい(行政事件訴訟法3条1項),差止めの訴えにおける差止めの対象は,行政庁がなす「一定の処分又は裁決」であることを要する(同条7項)。このうち,「一定の処分」とは,行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味せず,公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうちで,その行為によって直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解するべきである(最高裁昭和30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁,最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)。

 イ 本件自衛隊派遣並びに自衛隊の人道復興支援及び安全確保支援活動,ひいてはその活動の原資となる本件国費支出は,原告ら個々の権利や法律上の利益に何ら具体的な影響を及ぼさないものであり,法律上直接国民の権 利義務を形成するものではないし,また,その範囲を確定するものではない。 したがって,本件国費支出は,行政事件訴訟法3条7項の「一定の処分」に該当しない。

 ウ 原告らは,本件差止請求に係る訴えは,法律が規定しない無名抗告訴訟であるとも解することができるから,行政処分の処分性を従来の理論的枠組みに限定して解釈しなければならない必然性はないと主張するが,独自の見解であるから採用することはできない。
 よって,抗告訴訟としての本件差止請求に係る訴えは,不適法である。

(3)ア また,原告らは,本件差止請求に係る訴えの法的根拠として,平和的生存権ないし幸福追求権を主張するため,これらが,民事上の差止請求の根拠となる権利として成立するか否かを検討する。
  憲法前文は,恒久の平和を念願し、全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを確認する旨謳い(うたい),憲法9条は,国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使を放棄し,戦力を保持せず,国の交戦権  を認めない旨規定している。しかしながら,憲法前文は,憲法の基本的精神や理念を表明したものであって,それ自体が国民の具体的権利を定めたものとは解し難いものである。また,憲法9条は,国家の統治機構ないし統治活動についての規範を定めたものであって,国民の私法上の権利を直接保障したものということはできない。平和のうちに生存する権利という 概念は,その具体的内容や外延は不明確で特定されていない上に,これを 具体化する規定は存在せず,平和を中核とする抽象的概念にとどまってい るのであって,平和的生存権という個々人の具体的権利を保障しているも のということはできない。このように,原告らが平和的生存権として主張する平和とは,理念ないし目的としての抽象的概念であって,それ自体が独立して,具体的訴訟において私法上の効力の判断基準になるものとはいえない(最高裁平成元年6月20日第三小法廷判決・民集43巻6号385頁参照)。この点,原告らは,その主張する平和が具体的なものである旨主張するが,その主張をもって憲法の定める「平和のうちに生存する権利」という概念が具体化するものでもないから,当裁判所の判断を左右しない。  
 このことは,原告らが実質的に平和的生存権と同一の権利であると主張する幸福追求権についても同様である。

 イ したがって,平和的生存権ないし幸福追求権を根拠として民事上の差止請求権が発生する余地はないから,本件差止請求に係る訴えは,これを民事上の差止請求に係る訴えであると解したとしても,不適法である。

(4) 以上によれば,原告らの本件差止請求に係る訴えは,どのような性質のものであると解したとしても不適法であるから,その余の点(争点(2))について判断するまでもなく,いずれも却下を免れない。

2 争点(3)(本件損害賠償請求)について

 原告らにおいて被侵害利益であると主張する平和的生存権ないし幸福追求権 が具体的権利でないことは,上記1(3)で述べたとおりであるから,本件自衛隊 派遣及び本件国費支出によって原告らの権利ないし法的利益が侵害されたとは 認められない。したがって,原告らの本件損害賠償請求はいずれも理由がない。

3 以上の次第であるから,原告らの各訴えのうち,本件差止請求に係る訴えは いずれも不適法であるからこれを却下することとし,本件損害賠償請求はいず れも理由がないからこれを棄却することとする。 よって,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第22民事部

裁判長裁判官   小西 義博
     裁判官   梅本 幸作
     裁判官   大黒 淳子