本日戸田が大阪高裁の202号大法廷で行なう意見陳述の原稿です。  さっき最終的に点検完成させ、読み上げ時間の計測もしましたが、この意見書の原本は2月 に大阪拘置所内で数日間かけてボールペン手書きで作成し、2月10日頃に完成させたもの。  我ながらよく書き上げたものと思います。  長文なので2分割して紹介します。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  平成17年(ネ)第2888号 控訴申し立て事件                イラク派兵費用差止め 関西本人訴訟(関西ゼニカネ訴訟) 大阪高等裁判所 第13民事部 御中                   2006年4月20日                            原告 戸田久和(ひさよし)  原告の戸田ひさよしです。  私は門真市の市議会議員と連帯ユニオンという労働組合の近畿地本の委員長をしていますが、昨年12月8日に政治的な不当弾圧によって逮捕され、3月8日に保釈されるまで3ヶ月間も不当に接見禁止勾留を受けていました。  その中で2月16日の第1回口頭弁論で意見陳述をするために、大阪拘置所内で苦労して原稿を作成し、裁判を受ける権利の実現として大阪拘置所および大阪地裁第8刑事部に出廷許可を求めましたが、大阪拘置所所長は不当にも、そして理由も示さずに不許可にし、また私の身柄を管轄した地裁第8刑事部も不当なことに「勾留の一時停止」を認めなかったため、第1回口頭弁論には出廷出来ず、本日の第2回口頭弁論での意見陳述となったものです。  侵略加担のイラク派兵開始以降のこの2年間、日本は準戦時体制に入ったと言って過言でありません。  小泉政権は卑屈な米帝追従の一方で排他的な日本ナショナリズムを煽り、また労働運動バッシングをすすめ、民衆への収奪と抑圧を強め、さらなる戦争体制強化と憲法改悪に向かってきました。  次から次へと繰り出される民衆への負担増と生存競争激化の攻撃は、人々が社会的連帯や平和づくりの方向へ目を向け、考え、行動する基盤やゆとりを奪うものでもあります。  そういった攻撃に対して敢然と立ち向かってきたのが、我が連帯ユニオンであり、労働者への収奪と闘うだけでなく、イラク戦争開始日に日本で数少ない反戦時限ストを打ったり、各種の反戦行動に大動員するなど、反戦平和の闘争を旺盛に行なってきました。  「労組」というものを「既得権擁護のエゴ集団」と描きあげて民衆分断したい小泉政権にとって、極めて目障りな労組が連帯ユニオンであり、それが、組織傘下の関西生コン支部の武委員長が勾留1年2ヶ月、近畿地本委員長で現職市議の私が勾留3ヶ月を強いられた政治背景です。  それでは本論に入ります。 (1)大阪地裁第22民事部の小西義博裁判長裁判官と、梅本幸作裁判官、大黒淳子裁判官たちによる第一審は、原告10名ほどに意見陳述をさせたり、イラク訪問体験者を証人に採用してスライド上映も許可したりしたものの、実はそれらは全く形式上だけのことであって、とりわけ本件ゼニカネ訴訟の最大特色と言うべき派兵駐留経費の反憲法的かつ非合理・非効率の税金浪費問題について、被告国側が答弁書に「争う」と書いたものの、全く我々に反論主張を出せないで追いつめられていたのに、その点を国に答えさせることなく結審を急いで国を救済し、そうして政府権力の僕(しもべ)に成り下がったとしか言いようのない、最低最悪の判決を書いたものでした。  一審の大黒淳子裁判官などは、裁判官になってまだ間もないような初々しい感じの人で、原告や証人の話とかスライドの内容などを真剣に受けとめていたように見受けられましたが、こういう若い裁判官も結局は先輩裁判官から、「この手の訴訟はあまり真剣に考えずに、こんな言い回しを使って捌いていけばいいんだよ」、とでも指導されていったのでしょうか?  一審判決を読むと、政府のやることには問題指摘をせず、民衆からの訴えをはねつけて訴訟処理していくことが裁判官の仕事のこなし方であり身の処し方だ、と考えているとしか思えず、まことに情けないと言うか、黒の法衣が泣いてるぞ、と言いたくなります。  しかし、今回我々の控訴を担当される高裁の裁判官の皆さんにあっては、どうかそういう形式的な訴訟処理ではなく、裁判官の皆さんがそれぞれ「法の番人」としての裁判官を志した初心、日本国憲法に忠誠を誓った初心に立ち帰られて、虚心坦懐に私たちの訴えに耳を傾け、行政権力から独立した司法たるにふさわしい判断をしていただくことを切にお願いする次第です。 (2)さて、私たち原告団には、日本国籍保有者もいれば外国籍保有者もいますが、共に日本国の統治下に住む住民・民衆という立場で、さらに言えば日本国の納税者としての立場で、この訴訟を起こしており、それは誰の目にも明らかなことであります。  その我々の訴訟に対して、一審判決は、被告=国の主張そのままに、「イラク派兵の国費支出は原告の具体的な権利や法律上の利益に影響を及ぼすものではない」という文句を振りかざして、「原告にはそもそも訴訟を起こす権利や資格が無いのだ」と処断しています。  これはつまり、日本国の納税者一般にはイラク派兵の国費支出に関して訴訟を起こす権利や資格が無いのだ、と処断しているのと同じことになりますが、果たしてこの理屈は正当・妥当なものでしょうか?  ここで裁判官に思い起こしてもらいたいのは、各種自治体の税金浪費にかかわる様々な住民訴訟のことであります。  大阪の民事の裁判官であれば大阪府や大阪市、その他市町村の支出について、これこれは市民的常識に反した不当な公金支出である、という訴訟をご自身担当されたり、又は同僚裁判官が担当していることを知っていたりするはずです。  裁判に訴えられる自治体の支出行為それ自体は、その圧倒的大多数がそれぞれの自治体議会で正規に議決されたことであり、又各自治体の条例や規則の規定に合致した、つまりは行政手続き的には「正当な支出」として認定されたものであるはずです。  そしてまた、訴訟を起こした住民の立場も、その支出の直接の利害当事者ではなくて、住民一般、納税者一般としての立場である場合が数多くあるはずです。  つまり、その自治体住民として、「自分らの出している税金がこんなばかげた無駄なことに使われるのは許せない!」という気持ちから来る訴訟なのです。  各種の無駄な公共事業について、第3セクター等への支出について、職員互助会や各種外郭団体への補助金支出について等々、様々な住民訴訟が行われてきました。  では、そういった訴訟について裁判所はみな、「あなたを直接対象としたものではない」とか「あなたの権利や利益には影響がない」と言ってはねつけているでしょうか?  少なくとも近年ではそうではなく、住民一般、納税者一般として訴える権利や資格を認めて、訴えの内容を審理して裁判所の判断を示すことが多々起こっているはずです。  またそれが、住民の権利意識や行政チェック意識が向上した現代において裁判官が採るべき当然の姿勢でしょう。  このことから見た時に、一審判決は、地方自治体の場合であれば当然審理対象とするような事象を、相手が国、政府だと住民納税者の訴えを門前払いにするという、全く筋の通らない、実態としては、政府という強大なもののやることには口を差し挟むまいとする臆病な姿勢に終始していると言うほかありません。  私たちが訴訟を起こした時は、陸・海・空自衛隊の派遣準備費241億円、2004年4月か ら12月までの現地活動費135億円など合わせて404億円の予算計上として問題にしました。  その後の経過の中で陸上自衛隊のサマワでの駐留経費が「1日当たり1億円」というのが定説になっているようですから、それから考えると、2004年2月の陸上自衛隊・本体第1陣派遣以降のこの2年と2ヶ月で単純に日数計算すると790億円の駐留費用で、準備費等合わせると陸上自衛隊の派遣駐留経費だけで1000億円に近いはずです。  その他に米軍らに大量の燃料をタダで提供することを主要任務として2004年2月から送られた海上自衛隊や、クウェートに駐留して2004年1月からイラクの米軍らに兵員や物資を空輸している航空自衛隊の経費その他を考えれば、3つの自衛隊で2000億円は軽く上回るであろう経費が消費されてきたことは間違いありません。  これ全て私達、日本国の住民納税者の負担であります。  1000億円といい、2000億円といい、莫大な金額です。  2006年度予算の高齢者の医療費自己負担アップが900億円、診療報酬の 3.16%削減で削られる社会保障費額が2390億円、昨年障害者の命がけの反対運動を押し切って成立させた「障害者自立支援法」なる名称の悪法の背景にあるのが福祉サービス利用の1000億円分の利用抑制であること等々、これだけのお金を有効に使えばどれだけの人が救われるか!  逆に言えばこれだけのお金を自衛隊派兵に浪費されたためにどれだけの人が泣かされ、苦しめられているのか。弱い立場の人々や子供たちの心が傷つけられ、社会が荒んでいくのか。  その一方で私達日本国の住民は、こんな浪費をする政府から「財政難」を口実に次から次へと税金・保険料他様々な負担増を強いられ、サービスは切り下げられて踏んだり蹴ったりの目に遭わされています。  一体これを「被害」と言わずして何と言うのですか!  「イラク派遣の支出は原告の権利や利益に影響を及ぼすものではない」という一審判決や国の主張は全くの空理空論、大嘘であることは明らかではありませんか!  高裁の裁判官におかれては、政府=国の支出だからと腰を引くのではなく、地方自治体すなわち地方政府の支出問題の訴えと同じ基準と態度で国=中央政府の支出の問題をチェックしてもらいたいと思います。  そして今回是非お願いしたいのは、被告国側が、一審では国費支出の違憲・違法性や妥当性について、いったんは「争う」と答弁書に明記しているし、裁判所による争点整理でもそのように整理されているのですから、是非その点での国側主張を出させてもらいたい、ということです。  控訴審においては、被告国側にそれを出させた上で審理されることを私達は強く求めます。 (3)次に、血税の浪費という経済的被害の他に、私達日本国の住民一般がどのような権利や利益の侵害を受けているのか、という点に移ります。  これはまず第1には、提訴時から訴えているように、アメリカによるイラク侵略の加担たる自衛隊派兵をした国の構成員という立場になったがために、平和的生存権が脅かされているということであり、この点を一審判決のようなデタラメな否定論ではなく、事実にもとづいてしっかり審理してもらいたいと思う訳ですが、私の方から今回さらに追加補強したいことがあります。  それは一審で証人となった「イラクの子供を救う会」の西谷文和さんが昨年11月9日から12月4日までに中東に行った時のレポートで、毎日新聞に「イラクはいま〜アンマンからの報告」として7回にわたって掲載された内容にもとづいたものです。  それを私は証拠として提出しますが、12月16日付の同報告3.では、劣化ウラン弾被害に苦しむ南部の都市バスラを訪れて日本とイラクの「平和の架橋」をつくろうと思って、バスラの有力者からの招待状を送ってもらっていたにも拘わらず、ヨルダンのアンマン空港からイラクのバグダッド空港に降りてバスラ行きの便に乗り換えようとしたところで、イラク政府の役人から「日本政府からの命令だ。日本人はイラク国内に入らせない」として頑強に阻止され、アンマンに強制送還されたことが書かれています。  イラクの役人は何度も「エクセプト ジャパン!」、つまり他のどの国の人間でもイラクに入国できるが日本だけは例外だ!、と繰り返したそうです。  これは何を意味するでしょうか?  自衛隊を派兵したためにイラクで日本人が人質になったり殺されたりした。そうすると日本政府は危険を承知でそれこそ「自己責任」で入国しようとする人、先方から招待状をもらって日本国憲法の前文や9条の平和理念を体現して行動する、まさに世界に誇るべき日本人の行動を国家の力を使って物理的に封じてしまったのです。  直接的には小手先的・お役人的対応としてイラク国内で日本人被害を出さないために。  しかし、このことは同時に、世界の民衆、ジャーナリスト,NGOの中で日本国パスポート所持者だけがイラク国内の実情を直接知ることをできなくされた、ということです。  つまり、自衛隊派兵という誤った行動のために、その弊害を覆い隠すお役所的な糊塗策が取られ、その必然的結果として、日本の民衆はイラクへ行って現地状況を直に知ることも、イラクの民衆と交流することもできなくされた、ということです。  また、12月23日付の同報告7.では、サマワからアンマンに避難してきた人や、サマワ在住の市民からメールで伝えられてきた話として、今のサマワ政府の役人達はイラク戦争後にサマワ以外の地から送り込まれたよそ者で、サマワの人々から信頼されていないことや、そういった役人達がガソリンの予算を着服したり、ガソリンを横流ししてしまうために、自衛隊が浄水用に寄贈した発電機は最初の8時間動いただけで、後はガソリン切れで止まったままであること、自衛隊は役人達としかつきあっていないから、そうしたことは知らないでいること、サマワで自衛隊に対する意識調査をしていたらサマワ警察に逮捕されてしまったこと、などが紹介されています。  こういった情報は、日本のマスコミでは全く伝えられることがありません。  日本政府が「非戦闘地域」と強弁するサマワにすら、日本のジャーナリストはただの1人も存在を許されていないのです。  サマワで自衛隊が歓迎されているとか、現地の人々と友好関係を築いているとかの「報道」は全て自衛隊の広報宣伝担当部署から発せられている情報であり、映像だけなのです。  これはまさに、大日本帝国時代の「皇軍の進駐を現地民がこぞって歓迎している風景」とか、「皇軍将兵と現地民との心温まる交流風景」といった侵略実態を誤魔化す戦地報道と何ら変わるものではありません。  いや、従軍記者すら存在させず、全てを自衛隊が発信しているという点ではもっと酷いと言わなければなりません。  このように、自衛隊のイラク派兵は、この2年間余に渡って日本国民衆のイラクの実情について知る権利を封殺し、イラクの人々と交流し友好を育む機会を封殺し、人道支援や平和創造の活動をする自由と権利を封殺し、そして中東地域においてはそれまでは侵略も侵略加担もしてこなかったことにおいて勝ち得ていた日本国への信頼・友好感情を破壊し、憲法前文にあるごとく恒久平和を求める理念と活動によって「国際社会において名誉ある地位を占めたい」と願う日本国民を辱め、アメリカ帝国主義の卑屈な追随者としての不名誉をなすりつけたのです。  ざっと挙げただけでもこれだけの損失、権利の侵害、不利益と不名誉を日本国と日本国民衆に与えているのに、「権利や利益に影響を及ぼしていない」などとシラを切ることは大嘘であり、絶対に許されないことです。 (4)最後に、一審判決の「憲法理解」、と言うより「憲法無理解」の問題です。  一審の裁判官達が言っているのは、要するに、憲法は単なる建前的理念だから現実の政治を律するものではないという、実に浅はかでさもしい捉え方です。  これが仮にも裁判官の職にある人々の言うことか、と怒りに耐えません。  伊藤真さんという方が週刊「金曜日」という雑誌の1月27日号で述べていることに私も大変同意できるので、それに従って説明させてもらいますと、近代国家に於ける憲法とは、政治権力のしてはならないこと、しなければならないこと、努めなければならないことの根幹を定めたものであることは言うまでもありませんが、それはまた同時に、たとえその国民の多数意見であったとしても多数決でやってはいけないこと、多数決で奪ってはならない価値を列挙したものでもあります。  憲法はこの立憲主義の思想に基づいて、人権と平和はたとえ国民の多数決であっても、いわんや時の政府の行為によっては無論のこと、奪ってはならないと宣言しているのです。  日本国憲法前文を読めば、この憲法制定の目的が「自由のもたらす恵沢を確保」し、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように」することであることが分かります。  しからばその論理的必然として、他国政府が戦争の惨禍を引き起こすことに日本国政府が加担・協力することも明確に禁止されているのであり、ましてやその戦争が、とてつもなく強大な国家がとんでもない嘘の口実をデッチ上げて他国を一方的に攻撃、侵略し、占領するものであれば、それへの加担協力はなおのこと許されるはずがありません。  前文ではさらに、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」と言っています。  ここでは他の国家・政府を信頼しろ、とは一言も言っていません。どのような国でも平和を愛する人々がいるはずだ、その人々を信頼して平和を実現する、と言っているのです。  日本国憲法のめざす平和主義は、積極的に世界に出かけていって、その国の人々のために必死になって非暴力の貢献をする。そのことによって信頼を勝ち得て、他から攻められない国をつくり、かつ国際貢献ができるのだ、という力強い信念に基づいています。  だからこそ日本の憲法であるにも拘わらず、「『全世界の国民』が恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と宣言しているのです。  世界の人間安全保障の潮流を先取りする画期的な規定です。  アメリカのイラク侵略戦争と占領への加担・協力たる自衛隊のイラク派兵は、こういう素晴らしい憲法を軍靴で踏みにじり、泥を塗り、非暴力による国際貢献の途を実際に圧殺しているものに他なりません。  それ故に私たちは精神的にも深く傷つけられ、強い憤りを感じているのです。  そしてまた私達は、「憲法の番人」であるはずなのに、この憲法の重要性、先駆性、政府への規定性に何ら想いを馳せることなく、単なる建前的な理念規定として取り扱った一審判決にも強い憤りを感じるのです。  憲法前文はその最後に、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」と述べています。  理想と現実がくい違うからこそ、理想や志を高く持って現実を前に進めるための憲法が必要なのです。憲法は「理念」であるからこそ存在意義があるし、同時にその「理念」は「現実」が「理念」と食い違っている場合はその「現実」を改めていくためにこそ規定されているものなのです。  以上述べたように、一審判決は憲法の理解においても全く誤ったものでありますから、高裁での審理にあっては憲法の正しい理解にもとづいた適切な判断を出していただきたく望みます。  この問題は、この秋頃には陸上自衛隊がサマワから撤退するからもういいじゃないかと言うことでは全くありません。  私が拘置所で原稿を書いていた2月の時は「5月に撤退」ということが政府から流されていたものの、イラクが内戦状況に入ってしまう中で撤退のメドが先延ばしされたわけですが、陸上自衛隊のサマワ撤退話の一方で、航空自衛隊は従来クウェートの空軍基地を拠点としてイラク南部バスラとサマワ近郊のタリル空港にだけ人員・物資を空輸していたのに、米軍の要請を受けて今後はイラク全土へ空輸を拡大しよ うとしています。  これはイラク武装勢力のゲリラ戦によって米軍の陸上輸送がますます困難になっていることへの対応であり、イラク国内での戦闘の攻防の焦点である航空輸送に日本の自衛隊が大きく乗り出していく、ということです。  また陸上自衛隊にしても、今年になっての第9次・第10次派兵をもって全ての方面隊が戦場体験を持つことになり、しかもアメリカから「地方復興チーム」(PRT)なる地方政府単位での治安や行政力向上を狙った占領地運営機構への参加を求められています。  これはつまり占領行政の一角を占めてイラク民衆と向き合うことを意味します。  総じて日本の自衛隊は、イラクでのアメリカ・多国籍軍の戦闘・民衆虐殺・(傀儡政府を使った)占領行政に、より質的に深くコミットメントする方向に向かってしまっているのです。  だからこそ、ここでその誤った方向を糺さなくてはなりません。  今の政府による止めどもないアメリカ追従の侵略・占領加担に強く釘を刺し、ストップさせるための判決を、この大阪高裁13民事部の裁判官の皆さん方に強く求めて、私の意見陳述を終わります。  ご清聴ありがとうございました。                         了。