原告第1準備書面

平成16年(ワ)第8499号 国費支出差止等請求事件
原  告  川 村 賢 市 外35名
被  告  国         

原 告 第 1 準 備 書 面                   

 2004(平成16)年12月10日

大阪地方裁判所第22民事部合議2係  御 中                    

原  告   川 村 賢 市
同   戸 田 久 和
同   長 崎 由美子
同    矢 田 貝  元
同    平 岡 弘 子
同    植 田 至 紀
同    大 野 ひろ子
同    辻 岡   尚
同    武   洋 一
同     今 川   治
同    中 村   猛
同    川 口 浩 一
同    三 浦 健 男
同   山 元 一 英
同   富 永 和 夫
同   樋 口 耕一郎
同   小 路 健太郎
同    高   英 弘
同   川 崎 秀 徳
同    錦 戸 憲 二
同    武 谷 新 吾
同    高   英 男
同    片 山 好 史
同    中 原 克 弥
同    国 賀 祥 司
同    山 田 洋 一
同    古 賀   滋
同     柳     充
同    城 野 正 浩
同    森 田 充 二
同    阪 口 克 己
同   七牟礼 時 夫
同    小 西 弘 泰
同     渡 海   優
同    梅 川 正 信
  同    成 田 勇 三

標記事件について、原告らは、平成16年10月28日付答弁書の主張及び求 釈明に対し、下記のとおり反論及び釈明する。

                 記

第1 平和的生存権の具体的内容及び裁判規範性

1 平和的生存権とは、戦争もなく、戦力もなく、そして恐怖と欠乏に襲われる こともなく、平和のうちに生存する権利であると定義することができる。 憲法前文に明記された「平和のうちに生存する権利」は、憲法9条の戦争放 棄・戦力不保持条項により客観的制度的に担保され、また、憲法13条の幸福 追求権条項に包含されることにより、個別的人権として保障されていると解す ることができる。そして、平和的生存権の享有主体は、憲法の適用を受ける日 本国民及び日本の統治範囲に生存する個人であり、原告らも当然に権利主体性 を有している。
 平和を人権として捉えることは、わが憲法固有の考え方ではなく、今や国際 的潮流をかたちづくっている。周知のとおり、国際連合は何度も「平和的生存 権」に関する決議を採択してきている。
 1978年12月15日、国連総会は「平和的生存のための社会の準備に関 する宣言」を採択したが、そこには「すべての国民とすべての人間は、人種、 信条、言語または性のいかんにかかわりなく、平和のうちに生存する固有の権 利を有している」と謳われている。また、同年の総会決議「軍縮のための国際 協力に関する宣言」の前文も、「すべての国とすべての人間が有する、戦争の 脅威なく自由と独立のうちに平和に生きる不可譲の権利」を強調している。さ らに、1984年11月12日の「人民の平和への権利についての宣言」や、 1985年11月11日の「人民の平和への権利」と題する決議においても、 「平和がすべての人の神聖な権利」であり、「その権利の確保は各国の基本的 義務」であることが述べられている。
  このように、今日では、戦争のない状態で平和に生きること自体が権利であ ること、すなわち平和的生存権が、国際社会においても新たな人権として明確 に位置づけられてきているのである。そして、9条をはじめとして徹底した平 和主義を宣言するわが国憲法は、平和をめざす国際的潮流の最先端を行く考え 方を示すものといえる。
 以上のとおり、今や平和的生存権は、憲法が実定法上認めている具体的な権 利であり、かつ、それ自体として裁判規範性を有する権利である、と解すべき 時期が到来していると考えなければならない。したがって、政府が憲法の恒久 平和主義に反する行動をとり、個人の平和的生存権を侵害するときは、各個人 は、これを排除し(差止請求)、また損害の填補するため(慰謝料請求)、司 法救済を求めることができると解されなければならないのである。

2 これに対し、被告は、東京高裁平成16年4月22日判決(乙1)などを引 用しつつ、平和的生存権の具体的権利性を否定している。
 同主張は、「平和」という言葉のもつ抽象性を理由とするものであるが、原 告らが本件において問題としているのは、具体的な「平和」の状態であって、 一般的な「平和」の概念ではないから、失当というべきである。
 すなわち、憲法が保障する「平和」とは、決して抽象的・一般的な「平和」 ではなく、具体的・現実的な「平和」であって、現代型戦争下にあっては、ひ とたび平和が破壊されれば、即座に生命侵害の危険を生じるのであるから、そ の侵害を現実に排除することができるのでなければ、「平和のうちに生存する 権利」が保障されたことにならない。そして、上述したとおり、平和的生存権 とは、前文のみならず、憲法9条及び13条によって具体的な内容を規定され たものであるから、その侵害が認められれば、これを排除することを可能とす る法的権利であるということができる。
 そもそも、人権とは、歴史的な状況の変化に応じて常に生成・発展していく ものであることは、憲法13条に基づき裁判上認められてきた肖像権やプライ バシー権などをみても、明らかなことである。このように、人権は、各時代ご とに生み出されていくものであるから、「平和」という言葉の抽象性を根拠と して、平和的生存権の裁判規範性を否定することは、権利侵害の内実を踏まえ て、個人の人権侵害を回復していくという、司法の本質的な役割を放棄するも のといわざるを得ない。

第2 幸福追求権の具体的内容及び裁判規範性

1 憲法13条は、国民の「生命、自由および幸福追求に対する国民の権利」を 保障しており、一般に幸福追求権と呼ばれている。
 これについては、確かにかつて、一種の一般原則を示したものであると理解 されていた時期もある。この考え方によると、幸福追求権は、憲法14条以下 に規定される基本的人権の総称であり、幸福追求権自体に法的意味での権利と しての性格は認められないことになろう。
 しかしながら、1960年代以降、幸福追求権は、憲法に列挙されていない 新しい人権の根拠となる包括的権利であり、この幸福追求権によって基礎づけ られる個々の権利は、裁判上の救済を受けることができる具体的な権利である と解されるようになり、判例上も認められてきているのである。

2 そこで、本件においては、原告らは、上記第1で主張したとおり、憲法前文 にある「平和のうちに生存する権利」が、憲法9条の制度的保障を介して、憲 法13条の幸福追求権の内実を形成し、平和的生存権という個別的人権として 生成すると解するものであるから、結局のところ、訴状にいう幸福追求権とは、 平和的生存権と同一の権利ということができる。
 よって、その趣旨において、訴状請求の原因第6、2の主張を訂正する。

第3 平和的生存権の具体的侵害状況

1 訴状請求の原因第3で述べたとおり、イラク全土にわたって殺戮行為が繰り 返され、生命身体に対する侵害の危険が増大しつつあるなかで、同第6で述べ たとおり、本件自衛隊派遣によって日本人が拉致事件の被害者となったのであ るが、その後、本年10月には、香田証生氏が武装組織の人質となり、殺害さ れるという凄惨な事件が発生するに至っている。
 このように、本件自衛隊派遣によって、日本国民というだけで攻撃の対象と され、その危険はイラク国内にとどまらず、いつでも、どこでも、生命身体の 侵害の危険に曝されていること、換言すれば、戦争の渦中に国民がおかれてい るといっても過言ではない。
 このことは、政府自身が認めているところでもある。すなわち、本年11月 29日の読売新聞報道によると、「防衛庁は近年、テロの脅威が高まっている ため、防衛出動や治安出動が命じられた場合に防護する主な施設を選定した」 とのことであり、「攻撃を受ける可能性のある施設について、1)国民の生命・ 財産に重大な影響を及ぼす『原発など核関連施設』『石油コンビナート』『水 道関連施設』『国家行政施設』(=Aランク)、2)状況によっては、国民の生 命・財産に重大な影響を及ぼす『石油・ガス備蓄基地』『放送・通信関係施設』 『在日米軍施設』(=Bランク)、3)国民の生命・財産に重大な影響を及ぼす 可能性のある『地方自治体』『主要交通機関』などに分類し」、「全国でAラ ンクは91か所、Bランクは44か所あり、全国の5陸自方面隊に割り振って いる」と報じられているのである。
 以上のことに加え、自衛隊のイラク多国籍軍参加は、今後、多国籍軍の一員 として戦闘行為に参加し得ることを意味し、日本国民として、戦争によって誰 も殺さないという権利をも侵害するおそれがあり、なおかつ、戦争によって一 瞬にして多数の自衛隊員の生命身体が侵害される危険も著しく増大しているの である。

2 この点、被告は、「原告らに対する侵害が現実には発生していないことを自 認している」というが、現実に発生していないのは原告らの生命身体に対する 侵害それ自体であって、原告らの平和的生存権は、日本国民全体が生命身体の 危険に晒されることによって、現実に侵害されているのであるから、同主張が 失当であることは明らかである。

第4 求釈明に対する釈明

1 訴状請求の趣旨第1項にかかる訴えは、行政訴訟及び民事訴訟の両性質を併 有するものとして提起している。

2 行政訴訟としての差止請求(無名抗告訴訟)の法的根拠は、本件自衛隊派遣 の憲法・自衛隊法・イラク特措法違反の明白性、原告らの生命身体に対する重 大な損害・危険が切迫しているという意味における緊急性、及び他に救済を求 める適切かつ効果的な方法がないという意味における補充性の存在である。

3 民事訴訟としての差止請求の法的根拠は、前述した原告らの平和的生存権で ある。                                

 以 上