被告国側の答弁書 (アンダーバーは戸田)

平成16年(ワ)第8499号 国費支出差止等請求事件
原告  川村 賢市 ほか35名
被告  国

答弁書

平成16年10月28日

大阪地方裁判所第22民事部 合議2係り 御中  

被告指定代理人(省略)

 被告は、本答弁書において、原告らの金銭支払請求(請求の趣旨第2項)対してのみ答弁する。その余の請求(請求の趣旨第1項)に対する答弁は、本答弁書第3の求釈明に対 する原告らの釈明を待って行う。

第1 請求の趣旨第2項に対する答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行の宣言は相当でないが、仮にこれを付する場合には、
(1) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

(2) その執行開始時期を判決が被告に送達された後14日経過した時とすること を求める。

第2 請求の趣旨第2項に対する当面の理由

1 原告らの主張

 原告らは、請求の趣旨第2項において、イラク人道復興支援特措法及び基本計画に基づく自衛隊のイラク派遣が違憲・違法であり、これにより原告らの平和的生存権及び「生命、自由、幸福追求に対する国民の権利」(以下「幸福追求権」という。)が侵害され精神的苦痛を被ったとして、被告に対し、慰謝料を請求している。

2 原告らが主張する被侵害法益は具体的な権利又は法的利益とは認められないこと

  しかしながら、原告らが被侵害法益として主張する平和的生存権及び幸福追求権は、以下の通り、いずれも国民個々人に保障された具体的な権利とは認められず、また、い  ずれも国家賠償法(以下「国賠法」という。)上保護された法的利益とも認められない。

(1) 平和的生存権は具体的権利ないし国賠法上保護された法的利益ではないこと  

ア 学説
 平和的生存権が個々の国民に保障された具体的権利ないし国賠法上保護された法的利益ではないことは、学説の通説的見解である。すなわち、権利には極めて抽象的、一般的なものから、具体的、個別的なものまで各種、各段階のものがあるが、そのうち裁判上の救済が得られるのは具体的、個別的な権利に限られる。しかし、平和的生存権は、その概念そのものが抽象的かつ不明確であるばかりでなく、具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のどの点をとってみても、一義性に欠け、その外延を画することさえできない、極めてあいまいなものであり、このような平和的生存権が、個々の国民に保障された具体的権利ないし法的利益であると認めることはできない。憲法前文2項で確認されている「平和のうちに生存する権利」は、平和主義を人々の生存に結びつけて説明するものであり、その「権利」をもって直ちに基本的人権の   一つであるとはいえず、裁判上の救済が得られる具体的権利の性格をもつものと認めることはできないのである(伊藤正己「憲法(第三版)」165 ページ、同旨佐藤幸治編著「要説コンメンタール日本憲法」27ページ)。

イ 判例   
 平和的生存権の具体的権利性の有無等については、最高裁判所平成元年6月20日第三小法廷判決(民集43巻6号385 ページ、判例時報1318号3ページ)が、「上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは、理念ないし目的としての抽象的概念であって、それ自体が独立して、具体的訴訟において私法上の行為の効力の判断基準になるものとはいえ」ないと判示し、同判決については、「平和的生存権を何らかの憲法上の人格権としてとらえようとする学説があるが、本判決は、これに消極的評価をしたものといえよう。」と評価されている(小倉顕・最高裁判所判例解説民事篇平成元年度225 ページ(注9))。    
 そして、同様の判断は、多数の裁判例によって繰り返し明確にされており、判例理論として確立されているものといえる(札幌高裁昭和51年8月5日判決・行裁例集27巻8号1175ページ、水戸地裁昭和52年2月17日判決・判例時報842 号22ページ、東京高裁昭和56年7月7日判決・判例時報1004号3ページ、大阪地裁平成元年11月9日判決・判例時報1336号45ページ(・事件)、福岡地裁平成元年12月14日判決・判例時報1336号45ページ(・事件)、福岡高裁平成4年2月28日判決・判例時報1426号85ページ、大阪高裁平成4年7月30日判決・判例時報1434号38ページ、大阪地裁平成7年10月25判決・判例時報1576号37ページ、大阪地裁平成8年3月27日判決・判例時報1577号104 ページ、東京地裁平成8年5月10日判決・判例時報1579号62ページ、大阪地裁平成8年5月20日判決・判例時報1592号113ページ、東京地裁平成9年3月12日判決・判例時報1619号45ページ等)。  
 例えば、上記東京高等裁判所昭和56年7月7日判決は、「前文は、憲法の建前や理念を荘重に表明したものであって、そこに表明された基本的理念は、憲法の条規を解釈する場合の指針となり、また、その解釈を通じて本文各条項の具体的な権利の内容となり得ることがあるとしても、それ自体、裁判規範として、国政を拘束したり、国民がそれに基づき国に対して一定の裁判上の請求をなし得るものではない。 殊に、平和主義や「平和的生存権」についていえば、平和ということが理念ないし目的としての抽象的概念であって、それ自体具体的な意味・内容を有するものではなく、それを実現する手段、方法も多岐、多様にわたるのであるから、その具体的な意味・内容を直接前文そのものから引き出すことは不可能である。このことは、「平和的生存権」をもって憲法13条のいわゆる「幸福追求権」の一環をなすものであると理解した場合においても同様であって、その具体的な意味・内容を直接「幸福追求権」そのものから引き出すことは、およそ、望み得ないところである。・・・「平和的生存権」をもって、個々の国民が国に対して戦争や戦争準備行為の中止等の具体的措置を請求し得るそれ自体独立の権利であるとか、具体的訴訟における違法性の判断基準になり得るものと解することは許されず、それは、ただ政治の面において平和理念の尊重が要請されることを意味するにとどまるものである」としている。
  また、東京高等裁判所平成16年4月22日判決(乙第1号証)も、「そもそも、平和のうちに生存する権利という概念自体、理念ないし目的を表す抽象的概念としての平和を中核に据えるもので、しかも、それを確保する手段や方法も転変する複雑な国際情勢に応じて多岐多様にわたって明確に特定することができないように、その内包は不明瞭で、その外延はあいまいであって、到底、権利として一義的かつ具体的な内容を有するものとは認め難く、これを根拠として、各個人に対し、具体的権利が保障されているとか、法律上何らかの具体的利益が保障されていると解することはできない」と判示しているところである(14ページ)。  

ウ 小括  
  以上のとおり、平和的生存権は、個々の国民に対して保障された具体的な権利ないし国賠法上保護された法的利益とは認められない。

(2)原告らの主張する幸福追求権は具体的権利ないし国賠法上保護された法的利益ではないこと  

ア 憲法13条については、憲法に列挙されていない道徳的権利ないし理念的権利というべき抽象的な利益が一定の段階に達したとき、それを憲法上保護される法的権利とみなす根拠となる規範であり、同条後段という幸福追求権は、個別的基本権を包括する基本権であって、個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体であるとする見解も有力である。  

イ しかし、そのような見解においても、その中身を構成する権利・自由として具体的にどのようなものが考えられるのかは明確でなく、その具体的権利性をもしルーズに考えると、「人権のインフレ化」を招いたり、それがなくても、裁判官の主観的な価値判断によって権利が創設されるおそれがあるから、幸福追求権の内容として認められるために必要な要件を厳格にしぼることが要求されている(芦部信喜・憲法学・人権   総論328 、341 、350 ページ)。すなわち、幸福追求権なるものの具体的内容は一義性を欠くといわざるを得ないから、これから直ちに個人の具体的な権利を導き出すことはできない。

ウ そして、本件において原告らは、幸福追求権の侵害の内容として、「本件自衛隊派遣   によって、日本国内外で活動し生活する日本人がテロの標的にされる可能性が顕著に増大し、・・・」(訴状14ページ)などと主張するのみで、幸福追求権の内実をなす具体的な権利として何を措定するのか、何ら明らかにしておらず、被告のいかなる行為によって、どのように原告らに保障された具体的な権利ないし法的利益の侵害が生じるというのか全く判然としない。

エ 結局のところ、原告らの主張する幸福追求権は、その主張に係る平和的生存権とその内実を同じくするものと解されるところ、平和的生存権が具体的権利ないし国賠法上保護された法的利益とは認められないことは前記のとおりである。

3 本件における自衛隊派遣が原告らの権利ないし法的利益を侵害する余地はないこと   

 そもそも、本件における自衛隊のイラク共和国への派遣それ自体は、原告らに向けら  れたものではなく、原告らの権利ないし法的利益を侵害するということはあり得ない。
  さらに、国賠法1条1項に基づく損害賠償請求においては、原告らの国倍賠法上保護  された利益が現実に侵害されたことが必要であり、侵害の危険性が発生しただけでは足  りないところ、平和的生存権及び幸福追求権については、原告ら自身、「派遣される自衛隊員のみならず、日本国内外で活動する民間人も、国際テロ組織の標的にされるおそれが飛躍的に高まった。」(訴状13ページ、下線:引用者、以下同じ。)、本件自衛隊派遣によって、日本国内外で活動し生活する日本人がテロの標的にされる可能性が顕著に増大し」(訴状14ページ)、「原告らの生命、自由、幸福追求に対する権利もまた、侵害の危険に晒されているのである。」(同ページ)と述べるように、権利侵害の可能性・危険性を主張をするのみで、原告らに対する侵害が現実には発生していないことを自認している。

4 結論

以上のとおり、本件損害賠償請求は、主張自体失当であることが明白であるから、証拠調べを実施するまでもなく、速やかに棄却されるべきである。 第3 求釈明請求の趣旨第1項に係る原告らの訴えは、民事訴訟であるのか、行政訴訟であるのか、民事訴訟であれば、いかなる法的権利に基づき差止めを求めるものかを明らかにされたい。